春先に雨が降ると、王維の漢詩を思い出します。

 



3月は卒業や転勤のシーズンです。

共に切磋琢磨した友人や同僚との別れを経験する人も多いかと思います。

これからご紹介する漢詩は、別れを惜しむ「送別の詩」です。

現代の中国でも同僚や友人の送別のときに頻繁に歌われる漢詩で、

特に最後の句「西のかた、陽関を出ずれば故人なからん」は三度繰り返され、これを「陽関三畳」と言うそうです。

 


中国では、別れに際して柳の枝を手折ってはなむけにする習わしがありました。

枝を輪(環)にするところから、早く帰って来てくれるように願う意味合いを表したのだそうです。

また、 柳(りゅう)= 留(りゅう)の音(韻)より、引き留める意思表示にもなったのだとか。

現代のようにインターネットもSNSでのつながりもない時代の別れは如何ばかりかと想像します。


 

「送元二使安西」<王維>

  元二(げんじ)の安西(あんせい)に使いするを送る

(元という名の友人が、遠く安西まで使いをするというので、見送る。)

 


渭城朝雨潤輕塵

渭城(いじょう)の朝雨(ちょうう) 軽塵(けいじん)を潤(うるお)

 

客舎青青柳色新

客舎(かくしゃ)青青(せいせい) 柳色(りゅうしょく)新たなり

 

勧君更盡一杯酒

(きみ)に勧(すす)む更(さら)に盡()くせ一杯の酒

 

西出陽關無故人

西のかた陽關(ようかん)を出()ずれば故人無()からん

 

 

【訳】

 

渭城(いじょう)の朝の雨は、乾いて軽い土埃(つちぼこり)をしっとりと濡らし、旅館の前の柳は、雨に洗われ青々として、ひと際(きわ)鮮やかだ。

君にここでもう一杯、酒を勧めよう。さぁ、飲み干してくれ。

この先陽関(ようかん)を出てしまえば、もう君に酒を勧めてくれる人もいないだろうから。

 

 

遠方へ旅立つ友を途中まで同行して見送る別れの朝。

ここから先、南の関所を越えてからは砂漠地帯で、ほとんど人の住んでいない辺境の地だという。

ここで別れると、もう生きて会うことも叶わないかもしれない過酷な旅路へ向かう友を気遣う。

さわやかな朝の光景と、その中に見る無限の寂しさ、光と寂寥感のコントラストが際立ちます。

 

 

作者:王 維(おうい)701?761?

   盛唐の詩人・画家。字は摩詰。   山西省太原の人。

   年少より多芸をもって知られ、   官は尚書右丞に至る。

   晩年はこれまでの役人生活に疑   問を抱き、長安の南の輞川(も   うせん)に別荘を構え隠棲し、   詩・書・画・音楽に専念する生   活を送った。

   禅宗に帰依し、詩仏と称された。

 

 王維は、留学中の阿倍仲麻呂(奈良時代の貴族。716年(霊亀2)遣唐留学生に選ばれた)や李白(盛唐の詩人。四川の人。)とほぼ同年代で、 唐王朝に仕えているときに交友がありました。

   日本へ帰る仲麻呂への送別に詠んだ詩は、機会があればご紹介したいと思います。