ゆるしについてその2。
参考文献
アイリーン・R・ボリス=ダンチュンスタン著「ゆるし」
ゆるしには様々なプロセスがあります。まず怒りが生じる。その怒りを感じる。
このとき、怒りの抑圧というものが起こることがあります。それは他者を傷つけないための配慮としてありますが、それが長く続くと社会や人に対する不信というものに繋がる恐れもあります。
ですから、怒りを表出し、自分の内部にこんな感情があったのだ、と知ることが大事だと思います。
知ることによってはじめてその感情を認識でき、対処できる。
認識できていないものは対処できないからです。
ではどうやって認識するか。
私がおすすめするのは「書くこと」です。自分の感情を書いていくことで、玉ねぎの皮をむいていくように、奥にある感情が現れる。
書いたものを「土台」として考えることができるから。
書くのはノートでもスマホのメモでも構わないと思います。誰かに見せる必要もありません。
安全な場所で表出できる、というのが大事でしょう。
書いていくうちに、自分の中にここまでの感情があったのだ、と気づくでしょう。これだけの感情を見ずに蓋をしていたから辛かったのだ、とも。
同時にその感情を見ることで、その感情は、怒りを感じている相手の感情と同質のものではないか?と感じることがあるでしょう。
自分が相手を怒りにより傷つけたいと思ったように、相手はそれを実行に移してしまったのではないか?と。
それは自分の内面の闇を見ること。
その闇は誰にでもある。それは自分を守るための防衛反応で、平和なときはそれは表に出ないけど、危機に晒されると休眠していたそれは表に出る。
表に出たときに人間は苦しむのです。人間関係に問題が生じるから。
ではそれにどう対処するか。これはスピリチュアルな問題と言えるでしょう。
これは人間の根源的な痛みへの恐れの問題と繋がっているから。
痛みの回避が他者への攻撃性に繋がる。これは鎮痛剤に依存するように、怒りで相手を外的に変えることに依存する。
人間は痛みを回避でき、快を得た人生を成功と考えます。しかしそれは物質的な側面にすぎません。
人間には回避できない苦痛が存在します。例えば難病の苦しみ。
難病になった人は人生として失敗でしょうか。私の答えは否です。
自分の苦しみを通して、他者の苦しみを知る。
他者の苦しみを理解するのは、人間として最も大事なもののひとつでしょう。
苦しみを受け入れるとは、それを糧にし、人を理解することでもあると思います。
それは憎しみを感じる人でも同じ。自分の内部に怒り、憎しみ、相手から受けた痛みがあるなら、暴力の連鎖の側面で、それは相手が持っているそれと同じだと考えることもできます。
相手は自分が受けたものを周りにいる誰かに返している(これを心理学用語で転移といいます)場合があるからです。
虐待を受けた人の中には、もちろん全員ではありませんが、受けた虐待を正当化し正しいことだと考え、周りの人に自分の受けたことと同じことをする場合があります。
アリス・ミラーという人がその研究をしました。
加害性の背景には被害性があることが多いのです。
アリス・ミラーについては過去記事があるので、よろしければ読んでみてください。
その被害性がケアされることが大事。そのケアにおいて最も大事なのは、誰かがその痛みを一緒に感じ、理解することです。
この人はこんな痛みを感じていたんだね、と。
自分の痛みを感じるステップがあります。まず自分の怒りを見ること。怒りは二次感情と言われるように、その背後に恐れがあります。その恐れを認識することで、痛みが見えるようになると思います。
今回は少し長くなりました。
参考文献としていくつかありますが、先に紹介した
アイリーン・R・ボリス=ダンチュンスタン著「ゆるし」はおすすめです。この本はダライ・ラマが序文を書いていますね。
