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日本の未来を考える

旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

今日は、家族でお墓掃除に行ってきました。
先月も行ったので、草はそれほど伸びていませんでしたが、
それでも、あちこちに”根強く”顔を出しています。
雑草は、たくましいです。( ̄▽ ̄;)!!
朝早かったので他に参拝する人はおらず(区画整理工事をやってました)、
帰りの参道を歩いていると、長らく誰もお参りに来ていない
放置されたお墓があるのに気付きました。
中には、「享保何年」とか。。。江戸時代か!?(゚ ロ ゚ ; )
敷地にはススキや雑草が、墓石にも苔がびっしり、しかも傾いてる。
いずれ、この場所も区画整理され、新たに売りに出されるのでしょう。
自然(雑草)のたくましさと、人間のはかなさを感じた朝でした。(´・ω・`)

さて、本題

先日、朝日新聞謝罪についての記事を書きました。


朝日新聞謝罪の件

吉田調書について。補足


私は、「朝日新聞叩き」が目的化しているのはおかしい。
「問題の本質を見なければならない」と主張しているわけです。
また、「読売・産経」や、ネトウヨ芸人(竹田恒泰、三橋貴明ら)も同じ穴のムジナであり、批判する資格はないと考えます。


こちらの記事から引用、要約します(太字は筆者)

朝日謝罪会見でハシャぐ読売・産経の”トンデモ”誤報集
http://lite-ra.com/2014/09/post-454.html

こいつら、恥というものを知らないのか。「こいつら」というのは壇上で頭を下げていた木村社長や朝日の幹部のことではない。朝日を追及していたマスコミ、とくに読売新聞、産経新聞のことだ。

読売、産経記者による質問のほとんどはネットスラングでいうブーメラン(注:自分に跳ね返る比喩)だった。

読売「御社には自発的に物事を検証する能力がないのではないか。自浄能力がないのではないか」
 はあ?渡辺恒雄会長の政界との癒着を放置し、巨人軍の裏金問題や暴力団疑惑にほおかむりし、部数水増しの“押し紙”内部告発を封じ込めてきた読売新聞に自浄能力はあるのか。

産経「都合のいい方にねじまげる吉田調書の報道は、慰安婦報道と同じではないのか」
 おいおい、「都合のいい方にねじまげる」常習犯は産経新聞だろう。産経は今年5月、安倍首相がアジア安全保障会議でスピーチした際、「靖国参拝発言」で会場が「拍手に包まれた」と報道した。ところが、拍手があったのは靖国発言でなく「ひたすら平和国家としての歩みを進めてまいります」という発言後だったことが発覚。政治的プロパガンダのために平気で事実をねじまげる体質が失笑をかったのではなかったか。

 別に朝日の肩を持ちたくてこんなことをいっているのではない。今回の朝日の記事は従軍慰安婦の吉田証言も、福島原発事故の吉田調書の記事も明らかな誤報だ。だが、冷静に考えてみてほしい。このレベルの誤報なら会見会場にいたすべてのマスコミがやっていることだ。もちろん読売と産経もやっている

 たとえば、読売新聞は2012年10月、ハーバード大学研究員の森口尚史氏が「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術に成功」と一面で大々的に報道したが、後に研究の内容も森口氏の肩書きもすべて嘘だったことが発覚した。これなどは吉田証言に騙された朝日とそっくりではないか。

 他にも、宮崎勤事件で存在しない宮崎のアジトを発見したと報道したり、広域暴力団工藤会のガサ入れ報道で存在しない押収書類をでっちあげたり、まさに誤報の山を築いている。

 また、読売は福島原発の事故報道をめぐっても誤報をおかしたことがわかっている。2011年5月、一面トップで当時の菅直人首相が「海水注入中断」を命じ「震災翌日、55分間」の中断があったと報じたが、これを命じたのは東電の武黒フェローだったことが吉田調書から判明したのだ。しかしこの件について、読売は謝罪はおろか、何の説明もしないまま未だ無視し続けている。

産経も同様だ。2011年7月には中国の江沢民前国家主席が死去したとの大誤報を犯している。当初から誤報の可能性が強く指摘されていたが、産経はそれを認めようとせず、10月に氏が公式行事に姿を現してようやく誤報を認めた。しかも、この時に発表した「誤報の経緯」に明らかな矛盾があり、虚偽の説明をしていたことが発覚している。
 
 2012年7月には、東京23区で行われた陸上自衛隊の総合防災演習をめぐってとんでもないでっちあげまで行っている。このとき、産経は23区のうち11区が市民グループから『自衛隊に区の施設を使わせるな』との申し入れを受けて、自衛隊を拒否していたと報道。7区の担当職員が演習に立ち会わなかったと名指しで批判した。さらに翌日の「産経抄」でもこのことに触れ、「迷彩服をなぜか受け入れられない人の存在は、承知している。まさかそんな一部の声に配慮するあまり、首都直下地震に向けた自衛隊の訓練をないがしろにする防災担当職員が、東京都内の区役所にいるとは」などと記した。

 ところが、これに対して、11区の自治体が抗議文を送り、実際には立ち入りも認めたうえで立ち会いにも応じており、報道とは異なると強く主張。産経新聞は「おわび」の記事を出すとともに、同日の産経抄でも訂正と謝罪をおこなったのだが、その文面はなかなか興味深い。

記者生活ウン十年、これまでも数多くのミスを重ねてきた。ミスの最大の原因は『思い込み』だ。今回の場合、迷彩服姿の自衛隊員が行う訓練に対して、一部に批判的なムードがあるのは事実だから、区役所の非協力もあり得ると、納得してしまった」

 産経新聞は自衛隊への「批判的ムード」を攻撃するために存在しない“左翼市民グループ”を空想してしまったらしい。これではまるで陰謀論好きのネトウヨではないか。

 いずれにしても、とんでもない誤報を繰り返しているのは読売や産経も同じなのだ。そして、誤報発覚後もやはり朝日と同じように、その間違いをぎりぎりまで認めなかったり、認めても虚偽の経緯説明をするなど、狡猾な隠蔽工作を行っている。

 にもかかわらず、読売、産経は自分たちのことを棚に上げ、官邸や右派グループと組んで、この朝日叩きを大々的に仕掛けたのだ

 もちろんメディアが誤報を犯したらきちんと訂正・謝罪するのは当然のことだ。しかし、この程度の誤報で「世紀の犯罪」を犯したかのように報道機関を袋だたきにして、「社長の辞任」や「過去の社員の処罰」まで求めるのは明らかにおかしい。報道には誤報がついて回るものであり、こういう過剰反応の前例をつくることは、現場を萎縮させるだけだろう

こういうと、「朝日の場合は国際社会で日本人の誇りを傷つけたのだから、断罪されて当然だ」という声があがるかもしれない。しかし、
それなら読売、産経のほうがずっと罪は重い。なぜなら、彼らこそがあの福島原発事故を引き起こした戦犯だからだ。

 日本の原発導入の立役者だった正力松太郎がオーナーだった読売新聞と、財界右派の意向を受けて誕生した産経新聞は、1970 年代から原発推進の旗ふり役をつとめてきた。マスコミ各社の中でも突出した量の広告を電力会社からもらい、紙面では安全神話を喧伝し、反対運動潰しの論陣をはってきた。原発シンジケートの一角を占めていたマスコミの中でも、彼らは最大の戦犯なのだ。

 たとえば、1986年のチェルノブイリ事故の直後の読売の紙面を読んでみると、社説で主張していたのは「我が国の安全対策に変更を迫るほどのことはなかった」「資源エネルギーに恵まれない日本は、技術エネルギーの開発で、世界に貢献しようではないか」という信じられないような楽観論だった。

 また、1996年、巻町で原発住民投票が実施されることになった際、産経新聞は反対運動を「本当に『自治』を貫くなら電力会社からの送電を拒否して自前で発電設備を備えるくらいの気構えが求められる」と脅し、「反対をあおる勢力が『政府の原発政策を見直させよう』というのは日本の国際信用をおとしめる意図があるとしか思えない」と、テロリストよばわりまでしている。

 さらに、JCO東海村で日本初の臨界事故が起きた時の産経新聞の社説のタイトルは以下のようなものだった。
「初の臨界事故 徹底的に原因究明はかれ 原発否定の口実にさせるな」

 こうした安全神話垂れ流しと反対派つぶしの果てに、あの福島原発事故が起きたのだ。何十万人もの人の故郷を奪い、放射能汚染で自然環境を破壊し、何十年、いや何百年かかっても処理できないような大量の核のごみを作り出した。東電社員の退避や強制連行の有無というレベルの誤報とどちらが罪深いか、火を見るより明らかだろう。

 しかも、読売と産経は今、安倍官邸と完全にタッグを組んで、吉田調書の本質を朝日叩きの問題にすりかえようとしている。そして、朝日のシェアを奪って自社の新聞の拡販のために、従軍慰安婦問題を意図的にエスカレートさせようとしている。

 我々がほんとうに追及すべきなのはいったい誰なのか。ぜひ冷静に考えてみてほしい。(エンジョウトオル)


~~~~~引用終わり

私の考えと全く同じです。

朝日の「誤報や印象操作」を問題化し、辞任しろ!廃刊しろ!とまで言うのなら、

読売・産経や言論人(竹田や三橋ら)も、

己の言論活動を即刻中止せねばならないことになります。

すなわち、これが、「ブーメラン」です。

繰り返しますが、朝日も読売も産経も、ネトウヨ芸人たちも、

「同じ穴のムジナ」なんです。

彼らは、「カネと権力」のためにやってるんです。
もちろん彼らにも「言論の自由」がありますし、生活があります。
ですが、今回の一連の件で、私たちが本当に学ぶべきことは、

メディアや言論人は、「嘘をつく」ということ。

何度も騙されちゃいけませんって。(´・ω・`)

全てが「嘘」や「デマ」ではありませんが、
場合によっては、平気で「嘘をつく」のがメディアであり言論人なのです。

かつて、負け戦でも「勝った勝った」と国民を扇動していた「大本営報道部」。

こういうことが過去の日本では堂々と行われていたんですよ。
それが、70年後の現在でも行われている・・・公共放送・NHKも例外ではありません。

この異常さ、重大さを、国民はもっと認識すべきだと思います。