日本の未来を考える -111ページ目

日本の未来を考える

旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

ここ数日、朝日新聞の件でいろいろ書いてきました。

改めて思うことは、
「情報リテラシー」の大切さ です。

参照:

情報リテラシー


メディアや言論人が、「こうだ」と言えば、「そうなんだ」と思い込む。
今回の件では、テレビや新聞で「朝日が悪い」と散々報道されました。すると「朝日って悪いんだ」と思い込む。

そういう人に、「その根拠は何?」と尋ねれば、
テレビで言ってたからと平気で答える・・・。

情報リテラシーという点では、この人は限りなくゼロに近いと言えるでしょう。

メディア報道をそのまま”鵜呑みにする”ことは、
自分の頭で考えることを放棄する、すなわち、「思考停止」です。

メディアが「スゴイよ!」持ち上げれば、「感動」し、
メディアが「(日本にとって)悪い国だ!」と言えば、「腹を立てる」。

パブロフの犬と同じ「条件反射」に近いのですが、
私は別の光景を思い出すのです。それは・・・

スペインの伝統行事、「闘牛」です

闘牛1


マタドール(闘牛士)が赤い布を振り、注意を引きつけます。
すると牛は、そちら目掛けて突進します(何も考えず・・・)

まぁ、「」ですから、仕方ありませんね。(´・ω・`)

しかし、これが「人間」では洒落になりません。

マタドール(メディアや言論人)の振る「赤い布」に釣られてどうするんだ?

牛のように ( ̄‥ ̄)=3 フン と鼻息を荒げるだけなら、「牛」と同レベル。

さて、この後、「牛」はどうなるのでしょう?

闘牛3


「赤い布」に釣られている隙に、マタドールに剣でぐさぐさ刺されます。

そして最後には・・・ナムナム (。-人-。) となって退場です。

闘牛4


ああ、哀れ、「牛さん」 (´;ω;`)

マタドール(メディアや言論人)は巧妙で、そして残酷です
(闘牛は伝統文化であり、決して否定するわけではありません)

こうならないためには、各自が「情報リテラシー」を身に付けるしかありません

方法は、大して難しくありません。

私が考えるポイントは3つ。

1.メディアを鵜呑みにしない

メディアは、時として「嘘をつく」。これが大前提です。
参照:

メディアよ恥を知れ!


テレビや新聞、言論人が「こうだ!」と言っても「ふ~ん」くらいに抑える。
大抵、彼らは”大袈裟”なので、話半分くらいでいいでしょう。

例)
・原発再稼動
「電気料金が上がり、日本経済が・・・」⇒料金はほとんど変わらない(大袈裟)
・デング熱
「○十年ぶり大流行」⇒毎年200人前後が感染している(大袈裟)

2.嘘を見抜く

彼らは、目的達成のために「嘘」をつきます。
専門知識は特に必要ありませんが、”慣れ”が必要です。
言っていることに矛盾がないか、誤りがないかをチェックする。

参照:

元自衛官の言葉


例)
・集団的自衛権に関するアベ首相の演説
「日本人が乗った米船舶を護衛するため」⇒ありえない想定(つまり嘘)
・消費税増税
「社会保障費に充てる」⇒逆に減額されている(つまり嘘)

3.自分の「良心」に照らして判断する

世の中、色んな人がいます。
極端に言えば、金のために、知人や身内に手を掛ける人もいます。
「自分さえ良ければ・・・」という利己的思考では、社会は成り立ちません。

原発にせよ、ある特定の個人、団体にとっては「金のなる木」です。
彼らにとっては、福島も、国民の命もどうでも良いのです。
金が全てだ
」「この世は弱肉強食だ」「騙される方が悪いのだ
「良心」を失なってしまえば、彼らに同調してしまうかもしれません。

分かりやすく言えば、「欲をかかないこと」が重要です。
「欲深い人」は、「騙されやすい」人です。
そういう人は、権力者にとってはくみしやすく、利用されます。


牛にならないためには、各自が「情報リテラシー」を身に付けるしかありません。

そうすれば、
アベ政権の「嘘」がきっと見抜けるでしょう。