『純と愛』その17 | 日本の未来を考える

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旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

更新遅れてスミマセン m(_ _;)m

今回の内容の突っ込みは、えみりーさんが秀逸なので貼らせていただきます。

こちら↓↓↓

「純と愛」空回り。


広報課の女性がいきなり登場して、ロビーをうろついて

「60周年記念のロビーでのイベント企画がまだ決まってなくて・・・」と言うシーン。


実施日まで、あと数日(3日くらい?)で、宣伝ポスターまでベタベタ貼っているのに、

まだ決まってなかったとは、全国の視聴者は誰も予想しなかったと思う(゚-゚*)(。。*)ウンウン

多分、中高生の文化祭レベルでも「アウト!」だよね?(´・ω・`)


表向きの設定では”一流”のホテルだけれど、実は”三流だった”というオチ?


意表突かれましたね。遊川には完敗です ( ̄▽ ̄;)!!ハハハ


ま、そこはスルーしても、各部署に広報担当と一緒に承認を取りに行く純。

「広告宣伝になりますよ!」と”宣伝目的”なのをあれだけ強調しながら、会議で、


「これ、ホテルの宣伝目的ですか?」と言い始める純はどうかと思う (´・ω・`)


テレビ取材の有無にかかわらず、出入り客の多いロビーでやる以上、宣伝効果があるのは当然。

それが嫌なら、チャペルが空いてる時間にやれば良いだけ(費用は純愛持ちで)。

あるいは、純と愛のように「模擬結婚式」という手もある(なぜ思いつかないの?)。


それを、わざわざネタにするために、”ロビーウェディング”にこだわる制作者たち。


不自然すぎるでしょ (´・ω・`);;


巨費をかけ、美術部が作り上げた立派なホテルのセット。

もうすぐオオサキは潰れる予定(?)なので、その前に利用したいのだろう。

その裏事情は分かるのだが・・・もう少し視聴者が納得する自然な展開にできなかったのか?


何より今回の主役であるはずの「花嫁花婿」の心情やスケジュールを一切考慮しないのが気になるところ。



物事には、読者(視聴者)が納得するような必然性というものがある。

今回の場合なら、


・カップルが結婚を急ぐ何らかの事情がある(誰かの余命が短いとか)。

・親族の事情で中止したものの、花嫁(花婿)がひどく落胆していた。

・目立ちたがり屋で、派手な結婚式を望んでいた(一人でも多くの人に見てほしいの!)

・二人と友人関係(個人的に親しい間柄)なので、何とかしてあげたい。


このような描写が今まであったのだろうか?

”ヒロイン=おせっかい” というのが朝ドラの「定番」らしいので、その部分はいいとしても、

少なくとも、このうちどれかを事前エピとして挿入すべきだった。


こういう大事な部分を端折るから、リアリティも説得力もない (´・ω・`)


「これから苦労する二人のために・・・」とありきたりな綺麗事を言う前に、

二人の意志や予定を把握するのが最優先

いくら立派な仕掛けを用意しても、予定通りにカップルが来なければ、

あるいは当日になって拒否されれば、元も子もないのだから・・・


そんな二人の事情など一切お構いなしに、勝手に動き回る純と愛。

「何やってるんだ?お前達」、「アフォじゃねーの?」 視聴者の目には当然そう映る。

もはや「宣伝目的」とか「サプライズ!」とか言う以前の問題。


乞食じゃないんだから、何でも「あげれば喜ぶ」と思うのは大間違いだよ!


顧客のニーズをしっかり把握することが接客の基本だと考える。




支配人の「(純を)担当から外す」発言も、かませ犬みたいなものだろう。

おそらく舘社長の登場か、水野・チカあたりが取り成してそのままイベント成功!


大団円!よかったね!二人とも!


となるのだろうけど・・・スッキリしないね (´・ω・`)


もしかしたら、手話をマスターした愛を引き立てるために現場に再登場させて

花嫁さんたちと一波乱あるかもだけど・・・どうでもいいなぁ (´・ω・`)


え?舘ヒロシが歌う?Σ(・∀・;)


もっとどうでもいいわ!そんなん!( ̄▽ ̄;)!!


今回のエピで、花婿の父親が自殺未遂とか、花婿が聾唖者という設定の必要あった?

前回のストーカー事件も、社会問題を採り上げて何らかのメッセージを発するのかと思いきや、

若村さんの台詞「殺されたと思った」で単なるネタ扱いだったのが確定したし・・・。


NHKの言う、

「(必然性のある)ギリギリの表現」には、全く見えない (´・ω・`)


あと、純の「コイツら!」とか「~な奴め!」とかの汚い口調に非難の声が多いけれど、

全部、脚本 のせいだから。

遊川が、面白半分、OR、視聴者に不快感を持たせる(炎上目的の)ために


わざとやらせていること。


これをもって、ヒロイン・夏菜を責めるべきではない(演技力は別の問題)

責めるなら遊川の方だろう。(演出家含む)