『梅ちゃん』伝説的駄作!118th【総括その3】 | 日本の未来を考える

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そもそも、この番組が”真面目に作られたモノ”であるか、疑問がある。


ポイントとして、三点挙げてみる。


1.時代感覚、季節感、時節のイベントがないこと。


時代考証がデタラメなことは、既に述べた。

終戦二日前まで空襲があった蒲田で、下村家、安岡家、早野家だけ焼け残った不自然さ。

進駐軍に差し押さえられていたはずの風俗店・キャバレーでのダンスパーティや、偽コーラの

製造、販売など、200%あり得ないことだった。


季節感についても、おかしかった。冬でも下村家には暖房が無かった。

年中薄着の下村家。なのに九月にマフラーや手袋を竹夫に渡そうとする梅母。


もうひとつは、年末年始、地元のお祭りなどの祭事だ。

戦前は、”ぜいたくは敵”だっただろう。しかし、戦後、下村家くらい裕福な家庭なら、

何らかのお祝いをするのが当然ではないか?

お祭りにしても同様で、例え戦争で中断されていたとしても、終戦後は早い時期に

復活していたはずだ。ドラマでは戦後14年も経ってから初めて登場したが、あまりにも

遅く、”取ってつけた”感が見える。


これら全て、取材不足、認識不足、あるいは”手抜き”が原因だと考える。


2.ラジオの存在。


開始まもなくの「玉音放送」のシーン以外で、ラジオが登場する場面はなかった。

これはおかしいだろう。

まだ、テレビ放送のない時代。庶民の一番の娯楽はラジオだったはずだ。

専業主婦の梅母、梅婆、自営業の安岡家なら、日中付けっぱなしでもおかしくないだろう。

特に新しい物好きの梅婆なら、かじりついて聴いていたのではないか?

鶴太郎も、流行歌を口ずさんでいたが、ラジオ(テレビは勿論)がないのに、どこで覚えたのか?

大衆食堂の「みかみ」でもラジオはなかった。


後になってテレビで大騒ぎする前に、ラジオを出しておけよ!


テレビは手が止まるが、ラジオなら大丈夫。だから今でも需要があるのに・・・

こういう「あって当たり前のモノ」がないのが、時代感を損ねた原因のひとつだ。


3.死者や先祖への尊厳。


”どこにでもある家族の話”だと言う岩谷CP。

しかし、この番組のように、死者や先祖を一度も思い出さない、敬わない家族が果たして

日本に存在するのだろうか?


ついに最後までお墓参りどころか、お供えも、ご供養もされなかった、”下村家・祖父”。

早野夫も、病死した後は、梅にも松岡にも気にかけてもらえなかった。


坂田医師はさらに酷い。恩師と仰ぐ梅、恩人だと言う静子、飲み友達だった陽造、

結婚相談をした松岡、初恋だった弥生、見舞いを受けた建造・・・

誰一人として思い出すことも、口に出す事もなかった。


「死んだらそれで終わり。思い出も何もかも消えるんだよ。」とでも言いたいのだろうか?


ここまで先祖や死者を軽んじるドラマを、私は知らない。


やはり、この番組の制作スタッフには「死者や先祖への尊厳」の気持ちが欠けているのだと思う。


だから、平気で「献体でおふざけ」が出来たのだ。


中学生でも(利口なら小学生でも)やっていい事と悪い事の判断がつくだろう。


岩谷CPは50代、その他のスタッフたちも30代以上、十分大人(というかおっさん?)だ。


「テレビ放送は、そのままお茶の間に持ち込まれるという特徴を理解し・・・」という

放送倫理をNHK自ら歌っているのを忘れたのか?



以上の三点から、この番組は「おふざけ」で作られたモノだと判断する。