視聴し始めて、約三ヶ月。
長年の習慣を急に辞めた母を見て、逆に興味を持って観始めた、朝ドラ『梅』。
鶴太郎が、「女に決まってるだろ!」と、まだ三つ編み女学生だった梅をからかっていた場面を思い出す。今考えると変態だな~あの親父。
別の日、今度は山倉の「じゃあ、梅子さんで!」で鳥肌が立った。
あぁ、この番組はコメディで、笑わそうとしてるんだなと気づいたけれど、全く面白くない。うちの母が投げ出すのも無理はない。
例えて言うと『ダチョウ倶楽部』か。”すべっているのが逆に面白い”みたいな。
あれはあれで、長年やっている「定番」だからこそウケるのだと思うが、朝から見るもんじゃないな~(´・ω・`) で・・・
(上に”バカ”が付くけどぉ~) 『梅ちゃん』 です (。・ε・。)
って、昨日のネタじゃねーか!(・∀・;)
いや、この三ヶ月、いろんな 『迷言』 がありましたね。
「医者はそこにいるだけでいい」(世良)が今のところ一番だと思いますが、今週新たに、
「自分の事は自分でやって!」 も加わりましたね ( ̄▽ ̄;)!!
小説家や脚本家って、自分の人生観や思いを、「台詞」に込めると思う。
例を挙げれば、『ゲゲゲ』の、「うちの人は、本物の漫画家ですけん!」
これは強烈なインパクトがあった。
売れない漫画家の茂が、嫁の父親の前で見栄を張ろうとしてバレる。父に責め立てられて何も言い返せない茂を見て、怖い存在の父の前に立ちはだかってかばうフミエ。今まで反抗した事がない娘の様子に驚く父は、フミエの心情を理解して立ち去る。
「親子の絆」、「夫婦の強い信頼と愛情」が見事に凝縮されていた場面だ。
視聴者は、茂とフミエにエールを送りたくなるし、怒り狂っていた父親にすら共感を覚える。
なぜなら、それまでの過程(人物の背景や日々の積み重ね)がきちんと描かれていたからだ。
朝から涙を流すのは悪くない。むしろ寝ぼけ眼(まなこ)にはぴったりだ。
フミエの父や、茂の父母の上京場面では、笑えるシーンもたくさんあった。
それぞれのキャラクターたちの”自然”な台詞で、”自然”に笑えた。
(「イタチ」という”お笑い専門”キャラもいるが)
子役の藍子も実に微笑ましく、画面に映るだけで癒される。
『梅』の売り文句、「15分に一度笑わせて、週に一度は泣かせるドラマ」とは、まさに『ゲゲゲ』のことだろう。(゚-゚*)(。。*)ウンウン
『梅』は、その点、”自然さ”がまったくない。というかわざとらし過ぎる。
「ここで笑うとこですよ~」とこれみよがしに変なBGMを流す。でも、
全く笑えない。つまらない。(´・ω・`)
台詞のセンスの悪さ、笑わせようとする対象の卑しさ(外見や出身地や貧富)もあるけれど、一番の理由は、登場人物に愛着や共感が持てない事だろう。
簡単に言うと、「ふざけたやつ」ばかり。真面目に生きている人間がいない。
視聴者は「何だ?こいつ」、「ただの変人か?」としか思えないのに、愛着が湧くはずがない。
つまり、いつまでたっても”他人”。親近感もゼロのまま。
お笑い芸人が舞台に立つと、ネタの前に前振り(つかみ)をする。
人気芸人なら、その段階で観客から笑いが漏れる。これが親近感。
脚本家・尾崎の持ち味とは言え、最初から「変人だらけ」にしたのは失敗だった。
変人は、希少だからこそ変人
みんな変人だったら、その番組自体が 「変」 になる。
漫才でも同じ。「ボケ」と「ツッコミ」がいるから笑えるのだ。
もし二人とも「ボケ」役だと、どんどん話が飛んでしまい、観客は置いてけぼりになる。
「こいつら馬鹿じゃねーの」 と白けてるだけ。
「全員ボケまくりの異次元ワールド」・・・
それが、『梅ドラ』の実態だ。
たまに、”まとも”な台詞を吐く人間は、周りの変人たちによってやり込まれてしまう、もしくは、「自分が間違っていた」と改心してしまう。
変人こそ正義 であるかのよう・・・
確かに、登場人物が皆、「品行方正」ではつまらない。『ゲゲ』のイタチのような守銭奴がいた方が現実味がある。「あぁ、こんなやついるな」と視聴者も思う。
でも、それを茂が「だら!」「もう帰れ!」とたしなめたり、商売に失敗したり、本人も反省したり(懲りないが)する姿をきっちり描くことで、「悪い事はできないものだ」と視聴者も納得する。
『梅』の場合、イタチほど露骨ではないものの、『アリとキリギリス』でいうキリギリス状態。サボって努力しない(ように見える)のに、なぜかいつも上手くいく。どこかで壁にぶつかったり、失敗したり、たしなめられたりすることもなく、ナレーションだけで強引にヒロインを正当化する。
視聴者のイライラは募るばかりだ。
「笑わせよう」と意識しすぎるあまり、どうでもいい部分を妙に引っ張ったり、大事な過程をすっ飛ばすこともよくある。一話まるごと無しでもいいような回もあれば、「見逃したか?」と思うほど話が急に飛ぶこともある。
演出にも問題がある。初期から多用される手法に、「わざと視聴者を怒らせ(混乱させ)て、次の回で形だけフォローする」というものがある。
代表的なのが、あの「献体解剖シーン」だ。視聴者が怒るのを計算の上で、わざとやる(そのままではさすがにマズイのは分かっているから、次回に「説教」という形でフォローを入れる)
やり方が作為的過ぎるし、面白くもなんともない。(´・ω・`)
入院した建造の元へ、下村家全員で押しかける場面もそう。わざわざこぶナレで「見ものです」とまで言わせる手法は、下品としか言いようがない。
医専の合格発表のシーンもそうだった・・・まさに「子供だまし」。
視聴者をなめてるとしか思えない(`・ω・´)
コメディーならコメディーに徹すれば良かった。
『きみまろの笑劇団』みたいな感じなら、普通に笑えた かも しれない。
ところが、何を思ったか、「医療ドラマ」にしてしまった。
視聴率狙いのため、「戦後」や「震災復興」まで謳ってしまった。
どれも、日本人にとって「重いテーマ」だ。
なのに制作者たちは、ウケ狙いで、単なる”ネタ”として軽率に扱ってしまった。本来なら、十分な時間と手間をかけて綿密に取材すべきだったのにそれを怠った(ように見える)。
その結果、「不適切描写」や「事実誤認」だらけのドラマになってしまった。
公式サイトでは、さも「リアリティ」があるかのような説明を徹底しているのに、中身がそれに伴わない。わざと深刻な病名を出すものの、所詮は”笑いのネタ”や”ヒロインの踏み台”なので、ぞんざいに扱われ、使い捨てられてしまう。
今までの経緯から、制作者たちが「視聴率」を最優先にした結果、視聴者への配慮や正確性の追求がおろそかになったのだと私は考える。
主役が売れっ子・ホマキならば、小細工などしなくても「成功」しただろう。
欲をかいた東京制作・・・何がそうさせたのか?いったい誰の意思なのか?
視聴者からの意見や感想を、もっと早い段階できちんと受け止めていれば、ここまで悲惨な出来にはならなかったはずだ。
公共放送としての自覚と役割を、NHKは再考する必要があるだろう。
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”梅ちゃん先生”ぶった切り
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