『梅ちゃん』打ち切りに!16th【エア時代考証】 | 日本の未来を考える

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旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

昨日付のJ-CASTニュースに、『梅ちゃん先生」高視聴率が泣く時代考証いい加減―あの頃デートなんて言わなかったぞ!』、という記事が出ていました。まぁ、個人的にはデートであろうが「ラブ・アフェア」であろうがどちらでもいいのですが、こうやってメディアで採り上げられるのは率直に歓迎したいと思います。




『梅ちゃん先生』 です ヘ(゚∀゚*)ノ





先週のあさイチで、ヒロインのホマキが出演してた模様(遅っ)。

自分は見逃しちゃったんですが、司会者とのやり取りのなかで、


「タイムマシンがあれば、どこへ行きたい?」


みたいなのがあったらしい。で、ホマキの答えが、


「終戦直後の蒲田です」 だったとか。


ほほー、やはり女優らしくドラマの舞台が気になるのか!と感心するのは相当なお人好し。


やっぱ、下調べしてないな、ホマキ (´・ω・`)


と自分は思った。

戦後の東京・鎌田がどれくら悲惨だったかを全く知らないとは・・・


確かにドラマでは、がれきの山が積んであっただけだし、無知な

ホマキを一方的に責めるわけにはいかない。

でも、少しくらい自力で調べたってバチは当たらないと思う(゚-゚*)(。。*)ウンウン


で、参考のため、終戦当時の東京の様子を・・・

と思ったが、ここに写真を貼り付けるのは控えます。興味のある方は、


「東京大空襲」 で ググって見てください。


(サイトによっては気分が悪くなるほどエグいのもあるので、ご注意下さい)



みんなの感想に、蒲田在住の方のコメントがあったので引用します。


『このドラマの舞台の蒲田で終戦(昭和20年)を迎えました。

軍事基地だった羽田空港近くの蒲田は、空襲で広範囲にわたって全くの焼け野が原。
ドラマほどの家数も無いし、復興もしていない。私たちは雑草を食べての暮らしでした。

その冬、当時9歳だった私と姉と、寒さを凌ぐのに焼け残った植木鉢と半焼けの木片を拾ってきて、両親と暖をとりました。
家は、焼けトタンを拾い集め家族で作りました。冬は風呂も何日かに一度、何十分もかけて行きました。帰りには手ぬぐいが凍ってしまいピーンと一本にしたことも。

食べるものも、代用モチ(素材は覚えていませんが)とか、雑草類、(サツマイモはだいぶ後からでした)食料が欲しくてもなかなかてに入らず、自給自足の頃でした。それを思うと下村家の様に裕福な家もあったのですね。
もう戦争はいやです。このドラマももうすこし、時代と蒲田を調べて欲しかった。でも蒲田は良い街です。』




このコメントを読むだけでも、いかに悲惨な様子だったか分かる。

ホマキも、当時の蒲田に行きたい!とは言えなかっただろう。


無知なホマキに、当時の事情を教えなかった 「制作者たち」が一番悪いんだけどね。



例えば、脚本家の尾崎。(公式サイトより)

「このドラマが描く昭和20~30年代の人々は、色々な困難に直面することはあったとしても、閉塞感はなかったのではないか?という気がします。それは例えて言えば、山に登る途中の人が、疲れたり苦しくなったりすることはあっても、閉塞感を感じることはないのと同じことではないでしょうか。」 (*下線筆者)



認識が甘すぎる。まるで「小学生並み」 の想像力に驚いた。


終戦当時の日本。 閉塞感 に満ち溢れてたはず。


それまで、「鬼畜米英」と罵っていた相手に負けたんだよ。

地上戦に備えて、女子供まで、竹やり訓練やらせてたんだよ。


東京大空襲で、一夜にして10万人以上が死傷したんだよ。

沖縄は米軍によって、住民が虐殺、占領されたんだよ。


広島、長崎に新型爆弾が投下されて、壊滅したんだよ。

無条件降伏で、天皇陛下の処遇も未定だったんだよ。



日本という国が無くなるのではないか?



大人なら、漠然とこういった不安感があったはずだ。


住む所を失い、食べ物も手に入らない。

米軍が日本を隅々まで支配し、情報統制も厳しく行われた。

米兵による暴行事件は、実に20万件に及んだが取り締まれない。

故・手塚治虫氏も暴行を受けたことを書き記している。

敗戦国として占領され、辛酸をなめるしかない、このような現実。

そんななか・・・


尾崎の 「山へ登る途中」 という発想自体があり得ない。



山を例に出すなら、むしろ

富士山の樹海でさまよっている状態、と言う方が適切だろう。



日本人が復興の手ごたえを感じ始めるのはもっと後。

少なくとも戦後7年くらい経って、日本が主権回復(独立)して以降。

間違っても、米軍(GHQ)による占領下の時代ではない。


つまり、元々の認識があやまっているから、


こんな のん気な ドラマになってしまったのだ。


サイダーだのキャバレーだの、もうアフォかと。

主だった建物は、GHQによって占拠されてましたよっと。

当時の物価を考えれば、高額のサイダーを一般人がガブガブ飲めるものか。


コーラなど 論外です。ヽ(◎д◎)



時代考証家・天野隆子氏の仕事ぶりにも大きな疑問を感じる。

ベテラン考証家も、腕が鈍ったと言うべきか。

制作現場の人間の大半が、30代 であることは以前に書いた。


当時のことを知らないのだから・・・って。

でも、それを言い訳にしちゃうと、時代劇とか作れなくなるよね?



戦後 = 現代より気楽な時代



この誤った認識が、ドラマをつまらなくしている要因のひとつだろう。