フィーリングって人はよく使うのですが、人が持っている感覚。
言葉に表さなくてもお互いが共通に持っている間。
今回はこの間について語ってみようと思います。
私は人と接する時は本来人間が持っている本能で動いていると思う。
大人はよく理性をもって行動すると言いますが、それは本能をオブラートに包んで相手の出方を探っているだけのような気がします。
相手が今日はカレーを食べたいと思っていたら、自分もカレーを食べている。
これはフィーリングだと思います。
そんな経験はないですか?
フィーリングって人はよく使うのですが、人が持っている感覚。
言葉に表さなくてもお互いが共通に持っている間。
今回はこの間について語ってみようと思います。
私は人と接する時は本来人間が持っている本能で動いていると思う。
大人はよく理性をもって行動すると言いますが、それは本能をオブラートに包んで相手の出方を探っているだけのような気がします。
相手が今日はカレーを食べたいと思っていたら、自分もカレーを食べている。
これはフィーリングだと思います。
そんな経験はないですか?
この前、親父から電話がかかってきた。
何かというと、今ミナミ(難波)で呑んでいるからお前も来いってゆう電話だった。
飲み屋につくと、親父の会社の人が何人かいた。
俺も親父と一緒に呑める時がきたんだなぁと、つくづく思った。
会社の人と呑んでいると、色々愚痴を言ったりしていた。
親父たちも色々悩みを抱えながら呑み屋で発散してんかなぁ?
何かを否定したり、馬鹿にしたりすることで自分のストレスを発散することは
一番醜い人間のする事やと思うのですが、これが中々できへんのが人間である
と思うっていうか自分である。
それを自分はできへん事を肯定する都合の良い理由をつけて納得させるのはもっと醜い人間かなぁと思う。
人間の本能についてよく友達と語り合うんやけど、俺は人は十人十色で色々な人がおるからなぁって逃げるのがムチャクチャ嫌いやし、とことん違う価値観をぶつけ合って話し合うのが好きなんやけど、世間の人はあまりそういう事を縦社会でかたずけようとする。そこのジレンマがストレスになっていくんかなぁ?それが呑み屋での愚痴になるような気がしました。
最近、いい年になってきたから何か親孝行をせんとなぁ~と思う今日この頃です。
ゆうてもまだまだ何もしてないのですが。
どの程度の事が(人によって価値観が違うから)一般的に親孝行と言われるのだろう?
昔から親と喧嘩ばっかりしてきて一時期は夜中友達とふらついていた時、親父は暴走族に入るのを心配して明日仕事があるにもかかわらず朝まで俺を探してくれていた。
朝帰ってきたら、親父に顔面にタウンページを投げられた。
まぁそんなこともありながら、大学を卒業して今は親父と仲良く釣りに行ったり、出かけたりしている。
今は経済力がそんなにないから、それぐらいの事しか出来へんけど、同世代(20代ぐらい)の人はどうしてんかなぁ?
ある学校に剣道の顧問をしている教師がいた。
その教師は容姿は竹内力。
素行はチョコボール向井。
発言すれば、まさに孔子のように見える。
教師なんてものは自分の思想をある程度は生徒に植え付けてもなんら支障はない。
それに騙され続けた俺たちは苦悩した。
ある時は北斗神拳並みに殴られて…。
その後に優しいお言葉を頂くのです。
それはまさにドメスティック・バイオレンスだ~!
雪の中に何時間も正座させられ、死にそうになった事もある。
まぁ、俺たちは平成のターミネーターになったような気がするなぁ~。
ふと思うのが俺たちのエンジン(モチベーション)ついていこれるのは同じ絆を持っている人間だけなのかなぁ~?
朝目覚めると自宅の自分の部屋だった。
今までの事は高校時代の夢だった。
最近たまに昔の夢をみて冷や汗をかく時がある。
俺は病気なんかなぁ…。
同級生に聞いても同じような事がたまにあるという。
朝飯を食べにリビングに降りていくと親父が飯を食べていた。
俺が朝食べようと準備していたソーセージを食べていた。
この親父め~!!
続く…。
学校を退学しようと何度も思った。
こんな生活を3年間も我慢できへん。
いったい親父は何を考えて入学させたのだろう。
そんな弱音を何度も話し合った。
親父の世代にとってこんな苦労は苦労の内に入らないのだろうか?
戦後激動の時代を駆け抜いてきた人にとってそれは懐かしい感覚なのか?
そんな事を考えながら時は過ぎていく…。
続く…。
朝6時。
「起床・・・」
「草引き・・・」
俺は刑務所に入学してしまった。
後悔してももう後戻りできない。
先輩後輩の関係は神と奴隷。
先輩;「今からかける音楽に合わせて振り付けで歌え!」
俺達;「はい!失礼します!」
パンクが流れる・・・。
続く・・・。
なんだかんだ言いながら寮生活がスタートした。
朝6時から『君が代』斉唱・・・。
「って右翼か!」
そういう所に入学してしまった俺はそこで地獄のような3年間を過ごすことになってしまう。
同じ境遇を経験した俺たちは、まさか永遠の絆を築くことになるとは夢にも思っていなかったのである。
続く・・・。
あるところに、お父さんとお母さんがおりました。お父さんは本町に働きに、お母さんは洗面所に洗濯にいっておりました。するとそこにチンタラ~チンタラ~と少年が学校から帰ってきました。
するとお母さんは、
「早く宿題しなさい」と言いました。
少年は、
「今から水戸黄門見んとあかんから無理!」と言いました。
あまりにも勉強をしない息子にみかねたお父さんとお母さんは、寮生活をする高校に行かせる事にしました。
続く・・・。