時流が変化しようとも

自分はこのように在りたいと
普遍的な軸を持っていたい。


それと凝り固まった
強固なプライドは全く別のものだと
ここ最近感じた。



ここで言うプライドとは
自分以外の他者から映った様が
見栄えが悪いのは嫌だと言った

つまり、
カッコよくありたいという
他者からの高い評価を欲しがるようなものだ。



そんなもの
棄ててしまえるとしたら



誰にどう思われようが
全く気にしないということが
できるとしたら



自分は今の
この現状を喜んで続けるだろうか。


この日常は心から望んだものなのだろうか。



違う。



人に後ろ指を指されるかもしれない
陰でよくない噂もされるだろう
嘲笑う人だっているだろう、自分が誰かにそうしたように…

まともに食べていけなくなるかもしれない。



これらは対処不可能で
逃れようの無いことなのだろうか。



一つづつ考えてみよう。



他人の目が気になることについては
住む場所を変えることでなんの問題も無くなる。



食べていけなくなることは
今の日本においてはあり得ないだろうから
心配の範疇ではないはずだ。



具体的な情報を集めて調べれることで
それらの不安は無くなるだろう。



本当はもっと自由でいたい。