電車に乗っていて思った。

人は表現だ。

分解すれば皆同じ超紐 
それに「意識」を投じて振動させた表現がその人。

目に移る人を見て
その人が投じた「意識」を観た。


もしかしたら 投じた「意識」は「無意識」レベルなのだろう。


そして表現されたのが
その服装や、表情や、体型や、肌の状態や、言動などの佇まいとして現れている。


不服そうな様子の方がとても多くみえるが
全ては自分の意識に見合ったモノだけを
平等に受け取っているだけなのだろう。

自分もそうだ。

自分はどの「意識」を投じているのか。


その「無意識」を明らかにしたい。


そしてそれは本当に自分を喜ばせるものなのか。
自分が望むものなのか。


違うと感じたものを次々修正していく作業に集中して楽しみたい。


何は本当は嫌で
何だったら本当に嬉しいのか。


知りたいのはそれだけだ。


それさえわかれば
何もしなくても当たり前のように
それらを体験するのを待つだけだとわかっている。


急ぎたい。