今日のメンターの教え。
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「学校に適応する」をヨシとしてはいけない。
・自分自身を強く持っておくこと。
・他人(先生など)の機嫌を取ることは大事ではない。
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メンターの小学校時代。
1年生の時、ずっと、廊下に立たされていた。
楽しかった。
同調するヤツが1人か2人いた。
廊下の仲間とヒソヒソやるのが、楽しかった。
先生もたまに見にくるだけ。
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メンターの息子さん。
怒られても、全然、しょげてない。
怒られると、子どもは愛されてないと勘違いする。
常に、怒られてるときも愛されていることを伝えてきた。
普通のとき、怒ってるとき、怒った後も、常に伝える。
今となっては、「自分が大丈夫」と定着している。
だから、平常心で「怒ってるの?」とか言ってる。
どんなに怒っても、いつでも、どんなときも、一番愛してる、大事なんやでー、と
言っている。
「分かってる?」と確認すると「分かってる」と答える息子さん。
しっかり定着したら、もう、「傷つけられる」という経験をしなくなる。
両親から、身内から、定着したら、
「自分は、そのままで、いいんや」となる。小さい時に。
大人になってからでは、かなり大変。
息子さんは、「怒ってるね」とか「変ってるね」とか平常心でとらえている。
他人の機嫌を取る事は全くない。
「あの人は何してるの?」「怒ってるの?」と聞かれたら、
理由を教えてあげたり、「変な人だねー」と言ったりしている。
子も感受性にも寄るが。
メンターは感じ取れていらした。
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メンターは祖父から感じられた。
家族からは短気ですぐ怒る、と思われてる祖父。
でもメンターは気質が似てらして、祖父の怒りを「そら嫌やろな。。。」と
受け止められた。
怒ってても、家族、子ども、孫を大好きで宝として、
それ以上大事なものは、ないという在り方のおじいさまっだったそうです。
「1番大事なのは、家族だ」という事を受け取られたそうです。
父も、兄弟も、同じようには感じてない。
戦後、子どもを亡くした妻の為に、妻の里に帰られたお爺様。
男手なく、お金もない、安定もしてない、そのお家に。
ご自身のお里の方が、仕事も始めやすかったのに。
1文無し、生活の基盤も無しだったのに。
妻を大切になさった。
とても家族を大切になさる、その姿勢。
在り方を学ぶ、というのは、そういう事。
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どんなに怒っていようと、別問題。
愛とは別問題。
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親がどんなに怒っていようが、愛されてると感じさせてやる。
危険な事、失礼過ぎることは、怒るが。
あまり怒る事もない。
怒っても引きずらない。
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また、「何かをやって、罰を与える」は、ゆがんでいる。
間違いは正されるべき。修正されたらいいだけ。
間違いの度に、修正する。
罰は悪影響しかない。
その行為を持続させるだけ。ナンセンス。
おねしょに、罰は要らない。
自分でキレイにしてね、は普通のこと。
これをしたら、これは出来ないは、選択の結果。これも普通のこと。
例)騒いだら、入れない。入りたかったら、静かにしておく。
学校では、罰があるけど。
「廊下に立ってなさい」は罰。そーいう発想、教育現場にある。百害。
しつけと称する体罰はダメ。
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例)メンターの息子さん。
小さいとき、おっぱいを噛んだ。
「そのまんま、同じ程度噛んだらいい」と奥様に伝えられた。
罰ではない。
噛んだからたたく、は「体罰」。
遊びで噛んだから、噛んだ、は「とても痛いから止めた」
1回だけ、今まであった、学び。
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以上、メンターからのお話でした。
私も消化しきれていないので、ブログに書いておいて、読み返していきます。
自閉傾向の長男。
もともと、学校に適応するのは、難しいのです。
メンターにお会いできなければ、
「学校に適応させるのに必死」になってたかも。
ギリギリになり、焦りまくったりして。。。
でも、じゃあ、
学校で、どういう風に、過ごさせるのか?
なかなか方針が定まらなくなっています。
でも一歩一歩、やってみます。
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「学校に適応する」をヨシとしてはいけない。
・自分自身を強く持っておくこと。
・他人(先生など)の機嫌を取ることは大事ではない。
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メンターの小学校時代。
1年生の時、ずっと、廊下に立たされていた。
楽しかった。
同調するヤツが1人か2人いた。
廊下の仲間とヒソヒソやるのが、楽しかった。
先生もたまに見にくるだけ。
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メンターの息子さん。
怒られても、全然、しょげてない。
怒られると、子どもは愛されてないと勘違いする。
常に、怒られてるときも愛されていることを伝えてきた。
普通のとき、怒ってるとき、怒った後も、常に伝える。
今となっては、「自分が大丈夫」と定着している。
だから、平常心で「怒ってるの?」とか言ってる。
どんなに怒っても、いつでも、どんなときも、一番愛してる、大事なんやでー、と
言っている。
「分かってる?」と確認すると「分かってる」と答える息子さん。
しっかり定着したら、もう、「傷つけられる」という経験をしなくなる。
両親から、身内から、定着したら、
「自分は、そのままで、いいんや」となる。小さい時に。
大人になってからでは、かなり大変。
息子さんは、「怒ってるね」とか「変ってるね」とか平常心でとらえている。
他人の機嫌を取る事は全くない。
「あの人は何してるの?」「怒ってるの?」と聞かれたら、
理由を教えてあげたり、「変な人だねー」と言ったりしている。
子も感受性にも寄るが。
メンターは感じ取れていらした。
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メンターは祖父から感じられた。
家族からは短気ですぐ怒る、と思われてる祖父。
でもメンターは気質が似てらして、祖父の怒りを「そら嫌やろな。。。」と
受け止められた。
怒ってても、家族、子ども、孫を大好きで宝として、
それ以上大事なものは、ないという在り方のおじいさまっだったそうです。
「1番大事なのは、家族だ」という事を受け取られたそうです。
父も、兄弟も、同じようには感じてない。
戦後、子どもを亡くした妻の為に、妻の里に帰られたお爺様。
男手なく、お金もない、安定もしてない、そのお家に。
ご自身のお里の方が、仕事も始めやすかったのに。
1文無し、生活の基盤も無しだったのに。
妻を大切になさった。
とても家族を大切になさる、その姿勢。
在り方を学ぶ、というのは、そういう事。
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どんなに怒っていようと、別問題。
愛とは別問題。
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親がどんなに怒っていようが、愛されてると感じさせてやる。
危険な事、失礼過ぎることは、怒るが。
あまり怒る事もない。
怒っても引きずらない。
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また、「何かをやって、罰を与える」は、ゆがんでいる。
間違いは正されるべき。修正されたらいいだけ。
間違いの度に、修正する。
罰は悪影響しかない。
その行為を持続させるだけ。ナンセンス。
おねしょに、罰は要らない。
自分でキレイにしてね、は普通のこと。
これをしたら、これは出来ないは、選択の結果。これも普通のこと。
例)騒いだら、入れない。入りたかったら、静かにしておく。
学校では、罰があるけど。
「廊下に立ってなさい」は罰。そーいう発想、教育現場にある。百害。
しつけと称する体罰はダメ。
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例)メンターの息子さん。
小さいとき、おっぱいを噛んだ。
「そのまんま、同じ程度噛んだらいい」と奥様に伝えられた。
罰ではない。
噛んだからたたく、は「体罰」。
遊びで噛んだから、噛んだ、は「とても痛いから止めた」
1回だけ、今まであった、学び。
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以上、メンターからのお話でした。
私も消化しきれていないので、ブログに書いておいて、読み返していきます。
自閉傾向の長男。
もともと、学校に適応するのは、難しいのです。
メンターにお会いできなければ、
「学校に適応させるのに必死」になってたかも。
ギリギリになり、焦りまくったりして。。。
でも、じゃあ、
学校で、どういう風に、過ごさせるのか?
なかなか方針が定まらなくなっています。
でも一歩一歩、やってみます。