今年の夏のこと。

僕は娘と富士山登山へ行った。

妻が回復をしたらいつか登ろうねと、そう約束したけれど、結局叶わなかった。

声を掛けてくれたのは娘だった。「ねえ、富士山に登ろうよ!」四十九日が終わった頃、僕を元気づける為に、彼女は明るく誘ってくれた。彼女も本当は辛いはずだ。誰よりも母親を頼りにしていたし、何よりも大好きだった。そんな母親が亡くなるのは本当に耐えられないはずだった。でも彼女は強かった。僕なんかより百倍も千倍も。「その代わり彼氏も一緒にね。」年頃の彼女は今支えてくれる人がいる。なんと喜ばしいことか。

 7月の末頃の土日を使って、僕たち3人は大阪駅からバスのツアーで出発をした。娘の彼氏は久しぶりにあったが、どこか垢抜けない感じで好青年とも言い難いかな。まあ、彼女が幸せならそれでいい。朝7時半頃ステーションを出て、途中何度か高速道路のパーキングを食事などの休憩をし、吉田口五合目についたのは夕方の4時頃。売店を兼ねたロッジ前の広場はまるで祭りのように登山者で賑わっていた。しかも外国人が多い。そこで着替えをして5時頃から登り始めた。快晴だった。

「さあ行くよ」僕はリュックに潜めた彼女の骨壷に声をかけてあるき出した。富士山特有の小粒の赤い軽石が上へ登るほどにザクザクと足裏に伝わってきた。僕が先頭で娘と彼氏は二人仲良くおしゃべりをしながらついてきた。だんだんと日が暮れる。少しずつ星が見え始め藍色とオレンジの夕映えが眼下の街々を包み込んでいった。まだ汗はひかない。本八合目の山小屋についたのは夜の10頃。そこで遅い夕食を食べ仮眠を取る。出てきたカレーのうまいこと。世界一だと感じた。

3時間ほど仮眠を取り厚着に着替え2時前にまた登り始めた。娘の彼氏は少し小太りなのが影響したのか山小屋に入っと時少しグロッキー気味だたが回復していた。さすがに若い。「さあこれからが本番だよ」

 これから上は結構な岩場が多い。小石をイメージしているのとは様相がだいぶ違う。大股で足を上げて、手で体をグイと引っ張るように前へ導かないと上に上がれない。ただ幸いに山道は大渋滞でゆっくりとしか登れない。気づけば皆の息が白く煙っていた。気温は5度くらいになっていた。

 だんだんと夜空が開けてきた。すでに9合目を過ぎていたが日の出まであと30分程度。少し焦った。少しずつ空はオレンジのベールに包まれ出し、眼下に広がる雲海を照らし出した。まるで宇宙の物語が始まるようにじわじわとオレンジ色が広がっていく。僕たちはそれを背中に見ながら、とうとう富士山頂に到着。振り向いたらもう太陽が頭を出そうとしている。間に合った。

 あたりはざわついている。今か今かとスマホやらカメラを準備している人が多い。僕は一緒に持ってきたポートレート型の泉の遺影を出して胸の前に置いた。光が一瞬のうちに真横に広がりそして空を赤らめていく。神々しく僕たちは照らされ、清らかな気持ちへと誘われた。「泉、ご来光が見れたね」僕は泣いていた。この景色を彼女と一緒に見たかった。でも僕は確かに彼女と一緒に富士山頂に来ていると確信した。一気に太陽は昇り始め気がつけば雲海は白く輝き、隙間から見える街々も照らし出していた。新しい一日が始まった。

 僕は富士山頂の浅間神社で御朱印とお守りを買った。娘の彼氏も御朱印を集めているという。いい奴だ。一息ついて僕達は下山を開始した。小粒の軽石で足首まで埋まり、ザックザックと押し込むように歩くので膝に来る。今日もまた改正で、山頂近くの空気はとても澄んでいた。

「泉、一緒に帰ろうか。君はリュックの中でしばらく揺られていてね…」

娘と彼氏は「あー、足が壊れるう」と叫びながら、キャッキャと下山していた。