なぜ、遊びはあんなにも人を笑顔にするんだろう。

 

やっている本人たちは、楽しいだろう。

 

最初はあまり乗り気ではなくても、やっているうちに調子に乗り、最後の方はテンション高々になる。

 

それを見ている保護者や周囲の大人も比例するようにどんどん笑顔でいる時間が増える。

 

終了後は、笑顔と笑顔のケミストリー!

 

その姿を見ているこちらも笑顔で、嬉しくて、やって良かったなと思う。

 

 

 

 

今日、私が勤務している学校へお客様が来られた。

 

居住地交流として、特別支援学校中学部1年の男の子Yくん。

 

本校では、週に1コマだけ種別やクラス関係なく支援級の生徒(参加は任意)が集まって体育館で体育をする。

 

私が担当するが、体育とは名ばかりで、ボールを使ってみんなで遊ぶ。

 

個人的に勉強しているバルシューレというボール遊び運動の考えをベースに、みんなでわーわーきゃーきゃー言いながら走り回っているその授業に、Yくんが参加した。

 

ルールの理解力は弱いが、それを受け止める本校の生徒たち。

 

ま、そもそも自分達もきちんと理解していないというのもあるだろうが苦笑

 

どうするかと見ていたら、Yくんはルールはそっちのけで自分なりのやり方で楽しんでいる。

 

すると、それに見かねた見学に来られていたお母様や彼の担任の先生が「こっちやでー」とか「そうじゃないよー」とか声掛けをしだした。

 

言いたくなる気持ちは痛いくらいわかります苦笑

 

そのうち面倒見のいい本校2年生男子が声をかけてくれ、最後まで一緒に遊んでくれた。

 

それもあったのか雰囲気に慣れたのか、Yくんはルールを守り、無事に終了した。

 

 

 

 

お母様の表情は驚きと嬉しさとが混ざったような表情。

 

うちの子はこんなこともできるのね!とか、こんな表情初めて見た!とかって感じの表情に見えました。

 

そうなんです。

 

体を使った遊びでは、今まで見たことがない、ある意味自分でも気づいていない能力が発揮されることがあります。

 

特に、特支の子はまだまだ未開発の部分が多いので、それが顕著に見えることが往々にしてあるようです。

 

 

 

 

この時間を担当して4年目。

 

3年間毎週一緒に遊んだ生徒は今は高校生。

 

この時間で何かを掴んでくれていたらいいんですけどね。

 

この時間を通して一番学んだのは、「支援級だからできない」ことはないということ。

 

もちろん、持って生まれた能力があるのでどうやってもできないことはあるけど、それは定型発達をしている子どもにも言えること。

 

何かしらできないことを人は持っているから、そんなところで違いを作るのは違う。

 

飲み込みのスピードで言えば、やはりのんびり。それは確実に。

 

でも時間さえかければ、きちんと学び、気づき、飲み込み、自分のものとして受け入れる力はちゃんとある。

 

実際に今の3年生は、〇〇するよと言うだけで勝手に準備しゲームを始める。

 

あまり経験のない子には声掛けをし、ルールを説明する。

 

頼もしい限りだ。

 

 

 

 

この時間、こんな体験をもっともっとしてほしい。

 

もっともっとやりたい。

 

遊びは子どもの成長に欠かせないものであることは先人たちが証明している。

 

遊びを通して親子関係がより良いものになっていってくれたらと思わずにはいられない。

 

遊びでみんな幸せに。