鞄 | 自慢なら醤油差しにしろ

機能性や利便性も大事だが、能く考えれば二の次だ。人もそうだろう。

人と云うのは損得勘定だけで付き合うものじゃないだろ。

家族や友人と云うのはお気に入りの鞄なんだよ。


もう、片時も手放せない程に好きな鞄なのさ。

好きだから、いつも持ち歩いている。使い道もあるから感謝もするさ。

でも、どんなに好きな鞄でも、四六時中ずっと持っていれば疲れるだろう。

出先から帰ったなら、鞄は置きたくなるだろう。

ところが置けないんだよ。好きだから。持っていたいのさ。

家の中でも持ち歩く。好きだと云うことを鞄に知らしめたいんだ。


ずっと持っていたら寧ろ鞄は草臥れて来る。

それにね、色々なものを入れるからね、どんどん重くなるんだ。

あれも入るこれも入る、ああ便利だと、何でも詰め込んでしまう。

やがて中味はいっぱいになって、日に日に重さは増す一方だ。

暫くは頑張れるが・・・・・限界はある。

限界が来ればやがて鞄を放したくなる。


問題はね、その鞄にとっては僕が鞄だ、と云うことだ。


限界が来る時期(タイミング)と云うのは、人に依って違うもんなんだよ。

鞄としての僕はね、いつ放されるかと思うと気が気じゃない。

でも、持ち主としての僕はまた別で、放したくない放したい、

もう限界だと云う葛藤が常にある訳だ。

こっちが放したくないのに放されれば傷付く。

相手も同じだと思うと放したくても放せなくなる。



京極夏彦 「邪魅の雫」より