1995年・初春


ビジブルファッカーのギターリスト・ノムラの家に居候をし始めて、既に1年半の月日が流れていた。

なんとかせねば・・・と心は焦り、俺はこれからどうなるんだろう・・・と不安な気持ちで眠りにつく毎日。


ノムラに対して申し訳ないのは当然だが、当時付き合っていた彼女にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

俺が普通の人であれば、休日になると恋人と二人っきりで遊んだり出掛けたりと出来るわけであるが、残念な事に俺は普通ではなかった為、俺と付き合った彼女はそんな当たり前の事が出来なかった。


「俺の家に遊びに行く」という事は、「ノムラの家に遊びに行く」という事であり、当然、家の主のノムラが居る。

ノムラは俺達を色んなとこへ連れて行ってもくれたし、週末にはケンゴやマーガレッツのウダ達が遊びにきて毎週の様に宴会騒ぎで楽しかったが、やはり彼女としては二人っきりで遊びたかったであろう。

当然、俺も二人っきりで会いたいという思いでいっぱいだったし、ノムラも一人の時間を満喫したかったであろう。

俺にとっても、ノムラにとっても、俺の彼女にとっても、このままこんな生活を続けるわけにはいかなかった。


どうにかしなければ・・・

お金さえあればなぁ・・・


ちょうどその頃、ケンゴやトガシも「ある事情」により大金が必要になる事態に陥っていた。

しかし、ケンゴは『やべーやべー』と言うわりにはそんなに焦っている感じではない。

なにか打開策でもあるのか?と思い、俺はケンゴに『おめぇ、そんな大金どうすんの?』と聞いてみた。

すると、ケンゴは『サラ金に行って借りて来ようと思う』等とほざいている。


●なに?サラ金?サラ金から金借りるのには保証人が必要なんじゃねぇの?


○いや、いらないらしいよ。


●ホントかよ?俺、二十歳のころ、知り合いにどうしてもって頼まれて借りに行った事あるけどよ。5万円借りるのにも保証人必要だったぞ。


○あ、そうなの?でも今は変わったんじゃん?借りれるらしいよ。


●マジで?保証人なしで貸してくれんなら俺も借りてぇけどよ、たぶん貸してくれねぇと思うよ。


○いや、大丈夫!とりあえず明日行って借りてくる。


バカな野郎だぜ。

なんの保障もねぇ野郎にお金貸してくれる訳がねぇだろ!!


と、思っていたが、もし本当に保証人ナシで貸してくれるなら、それはかなり都合がいい。

ここはとりあえず、ケンゴに先陣を切ってもらおう。

でも、たぶん、貸してくれねぇだろうな・・・。


予想は、いい方向に裏切られた。

翌日、ケンゴは見事に16万円のお金を借りてきた。


やるなら今しかねぇ!!


俺はサラ金のドアをノックした。

そして、20万円を入手。

そして、そのまま不動産屋のドアをノック。


やった!やっと俺の家が!

いや、俺と彼女の家が!

やっと二人で暮らせる家が手に入る!


俺は、ノムラの家から僅か数十メートル程先にあった一戸建ての平屋を借りる事が出来た。

築30年くらいの古い家で、床も歪んでいる部分もあったが満足だった。

狭いながらも庭もある。


外は雨が降っていた。
1年半も世話になったノムラの家に一礼し、荷物を運び出した。

荷物は衣装ケース一個と布団とベース。あとは猫。

自転車で2往復という簡単な引越しだった。


引越し先の平屋は湿気が多く、5月だというのに底冷えした。

夜、なにもない部屋で独りで眠ると今までと違う不安が圧し掛かってきたが、週末になれば彼女が来ると思うと耐える事も出来た。


普通の暮らしがしたい。

自分の帰る場所、自分が遠慮する事なく暮らせる家。


家族はいらない。

俺の家族は、彼女と彼女の親・姉妹だけでいい。


やっと、ここから始まるんだ。


しかし、現実はそう上手くはいかない。

彼女は一言、『あたしは一緒には暮らさないよ』とつぶやいた。

俺は動揺を隠し切れず、ただ『なんで・・・!?なんで・・・!?』と繰り返えした。


理由は彼女の父親の体の具合が悪い事など、家庭の事情だった。

『今、自分がこの家から離れるわけにはいかない』といった責任感から出た答えだった。

納得せざるを得ない理由。


それでナニかが変わるわけでは無いつもりだった。

前向きに考えて、『いつかは』と。

しかし、見えない未来は不安を呼び、不安は俺を臆病にさせる。


周りの連中は『金がない』と言っても、実家があったり家族や兄弟が居て、最後には誰かに頼れる。

だからこそ、パンクだ!ロックだ!バンドが一番大切だ!と言っていられる。


俺は『金がない』と言ったら本当にない。家族も居ないし、誰にも頼れない。

そんな状況で、パンクだ!ロックだ!バンドが一番大切だ!なんて言ってらんねぇ。


唯一、最後に頼れるのは彼女だけ。

そんな俺を護ってくれる彼女が一番大切!

バンドなんて自分次第でなんとかなる!

大体、女とバンドを比べる事自体、野暮!

だから、温室の中でバンドが一番大切なんて言ってる連中より、俺の方がバンドを大切に思ってる自信があるぜ!


でも、俺にとって一番大切な彼女は・・・

彼女にとって俺は一番大切な存在ではない・・・。


今ならそうは思わないが、当時の俺は『じゃあ、やっぱり俺はこの先もずっと独りなんじゃねぇか』と感じ、『もしこの先、俺を必要としている人が現れたならば、俺はそこに行かなければならない』という思いに駆られた。


想いは現実の世界に反映するものである。


数ヶ月後、俺の前に『俺を必要としている人』が現れ、彼女とは別れる事となった。

ここには書けないが、彼女には酷く悲しい思いをさせてしまった。

そもそも、全ては俺の心の弱さが原因なのである。

ここに書いた、当時の俺の言葉、想い、全てが俺の心の弱さの表れ。甘えである。


しかし、当時は目の前の現実しか見えていない。

いや、今でもそれは同じなのかもしれない。

自分の甘えなんてモンは全然自覚がなかった。


次の世界がある人は悲しみなんか感じない。

次の世界が見えない人は過去をひきずり悲しむ。


俺はあまり悲しまなかった。

『しょうがない』という都合のいい言葉で逃げたかった。



1995年・8月1日

仕事から帰ってくると、彼女はもう居なかった。

テーブルには置手紙が一枚。

手紙には、お金を無駄遣いしない様に、あまり猫を叱らない様に、と書かれていた。

文末には両手を振った彼女の似顔絵。その横に『バイバイ』と明るく振舞った台詞。


この陽の当たらない薄暗い部屋で、これを独りで書いたと思うと心が締め付けられた。

でも、俺は『しょうがない』という都合のいい言葉で逃げたかった。

俺は涙腺のユルイ女々しい野郎だが、この時ばかりは泣くのは卑怯だと思い泣かなかった。


この日以来、更に『バンドをやらなくちゃいけねぇ!』という思いが強くなった。

そして、ナゼか世の中のバンドマン(特にパンク)を憎む思いが強くなっていた。

『ふざけんじゃねぇ!俺はおまえらを名指しで批判するぜ!』と。

そして、それを実際に実行していたからタチが悪い。

『料金を払って観たのだから、言いたい事は言わせてもらう』と、先輩・後輩バンドに言いたい放題。

食ってかかる連中には『勝負すっか?拳でも口でもどっちでもイイぜ?それとも音で勝負すっか?』と強気強気の一辺倒。


なんでそんなに吠えていたのか?

答え一発放屁だぜ。


きっと、自分の弱さを認めたくなかったんだねぇ・・・

あと、新しい彼女に『こいつはヤル奴だ!』と思われたかったんだろうねぇ・・・(遠い目)


なにはともあれ、バンドは続く。


まだ一応在籍していたビジブルファッカーはドラムの都合で活動休止となり、俺は引越しを境にそのまま自然脱退した形になった。


トクマルのバンド「シナモンズ」は、一回だけライブをやったがその後ボーカルが脱退。

トクマルがギターとボーカルを担当し、ドラムのアトベと俺の3人編成となり、以前のメロコア色は薄れガレージパンク寄りの音へと移行しつつあった。


そして、シニスターシックス。

トクマルの加入により勢いは増したものの、なにしろバンドの統一感がない。

メンバーは、相変わらず俺がナニをしたいのかが分かっていない感じ。

俺は俺で、『ルースターズみてぇなR&Rがやりてぇけど、R&Rな曲って作るの難しいわ・・・』と挫折を感じ、『じゃあ、やっぱ博多のLAST CHILDみてぇなR&R寄りのB級パンクだな!』と試行錯誤を繰り返した。


季節は夏。

そろそろ本気出そうぜ!!

相変わらず発破をかける日々。


しかし、また、終わりはおまえが思うより、ずっと近くに来ていると・・・。


~後日~

前の彼女から別れ際に貰ったGパンを履いてみた。

買ったけど全然履かないからあげる。と言って置いていったものだ。


ポケットから一枚の小さな紙切れ。

紙には「ササミの梅和えの作り方」と書かれていた。


なんだこれ・・・?


しばらく考えて思い出した。

それは、初めて俺と二人で遊んだ日に作ってくれた料理だった。


へっ・・・俺に食べさせる為にこんな紙に書いてたのかよ?

でも、これ、あん時以来一度も作ってくれてねぇじゃん。


少し笑った後に、おもいっきり泣いた。


当時のLive

色々と間違った事ばっかしてた。


憧れのバンド・ラストチャイルド

(もしかしたら削除されっかも)