1989年・初春
高校3年生の終わり間際、初めてバンドを組んだ。
同年代の仲間は全くバンドに興味がなかった為、2コ下のヒラノという奴に声をかけパンクバンドを結成した。
高校生になってからパンクファッションに身を包み、パンクバンドのライブに足を運ぶ様になっていたが、自分のバンドを組んでいない俺はただのストレンジ・パンクだった。
俺はパンクROCKERになりたかったのだ。
やっとバンド生活が始まる!憧れのロッカーに一歩近づいたのだ。
念願のバンドを組んだ俺は『まずカッコイイバンド名が必要だ』という事で、ヒラノと思案した。
結果、さすがセンス・ゼロの高校生、親もビックリ仰天!
『ザ・スワッピング』
と命名。
もちろん二人とも、本当のスワッピング経験は無し。
あったらバンドなんかやってる場合じゃない。
しかし、バンドを組んだと言ってもメンバーは俺とヒラノしかいない。俺がギターでヒラノがヴォーカル。あとはベースとドラムが必要だ。
俺達は、雑誌・『バンドやろうぜ!』とパンクマガジン『DOLL』を買って、ジョナサンへ向かった。別に自宅でも良かったのだが、『雰囲気が大切』というバンド初心者らしい理由でファミレスへ向かったのだ。
そして、座席に着くなり、高校生のくせにタバコをふかし、雑誌のメンバー募集欄に目を通した。
イイのがいねぇなぁ~、みんなビートパンクばっかだぜ。
あぁ、こっちもいねぇよ。
この際、ビートパンクの連中を無理やり誘っちゃうか?
二人とも、BOOWYやジュンスカ等も好きなくせに、生粋のパンクスを気取った発言を繰り返した。
そして、二人ともふだん家では絶対に飲まないコーヒーを注文し、また雑誌のメンバー募集欄に目を向け、タバコをふかした。
やっぱ、全然イイ奴いねぇなぁ~
そう言って俺は、視線を雑誌にロックオンしたたまま、タバコを灰皿でもみ消した。
俺は、この状況に自己陶酔していた。
これだよこれ!
こんな感じで、こんなセリフを吐いてみたかったのよ!
シヴイ表情でこんなことをやってみたかったのだよ!
これこそバンドマンだ!バッチリ決まった!
と。思ったその矢先。
ヒラノが突然、叫びだした。
おい!おい!おい!なにやってんの!
あ?なんだよ?
俺は雑誌から視線をそらし、ヒラノの顔をみた。
ひ!ひ!
あ?ひ・・・?
タバコ!タバコ!
あ?タバコ・・・? あ~!大変だー!!
テーブルに視線を移し、驚いた。
気取って、雑誌に目を向けたまま灰皿でタバコを消したつもりだったが、的は見事にハズレ。
テーブルでタバコをもみ消していたのだ。
恥ずかしかった・・・。
後輩の前でカッコつけてたら恥をかいた。
カッコつけるのも楽じゃねぇ。
しかし、経験値が1上がった(はず)
翌週。
ヒラノから、ある提案があった。
どうやら、ヒラノが高校に入学してから組んでいたバンドのメンバーが、またヒラノとバンドをやりたいと言っているらしい。パートはギターで、バリバリ弾けるとの事。年齢はヒラノの一つ上、つまり俺の一つ下。
そこで、そのギターを加入させ、俺はベースに変更してみるのはどうか?との事。
俺はギターは持っていたが、まったくギターが弾けなかった。
だってそりゃそうさ。俺、ギター買ってからの練習といったら、ビデオに撮っていたザ・モッズのライブ映像を観ながらメチャクチャにギターを掻き鳴らして、映像が終わると『よ~し、今日はこんぐらいにしとくか~』なんて事しかしてないもの。
だから、コードなんてもんも全然知らなかった。
ベースに変更か。それもいいかもな。つーか、そもそも断る理由がねぇ。
翌日、ヒラノがそのギタリストを連れてきた。
名前はトガワくんといった。長髪だったのでハードロッカーか?と思ったが、今はパンクに興味があるとの事。
そりゃいいね。つーか、こっちはバンド初心者だ断る理由がねぇ。
俺たちは結成記念と称し、飲めないビールを買い、当時建設途中であった葛西臨海公園に向かった。
今、思い返しても、なぜ建設途中の葛西臨海公園に行ったのかわからない・・・
しかも、なぜかアコースティックギターを持って行った。
なにか歌でも唄いながら行ったのだろうか・・・?
途中経過はすっかり忘れたが、俺達は確かに建設途中の葛西臨海公園に行った。
で、なんにもする事なくて、着いた途端にすぐ帰ってきたのを覚えている。
なにか、ハチャメチャに楽しい事がおこりそうな夜を期待していたのだろうが、現実は厳しい。
ただ長い距離を歩いただけの夜だった・・・。
しかし、この夜、メンバーが一人増えた。
それは、このバンドにとって大きな前進であった。
という事にしときたい。
