基本的に私は、人と人の信頼関係を築く、そして維持するのは、それほど簡単なものではないと思っている。人間は自己中心的なものだし、他人の気持ちはそう簡単には分からない。「分かったようになった気でいる」ことがどれだけ人を傷つけるか知れない。


 だから、「簡単なこと」を地道に守って行くしかない。すなわち・・・約束を守る。人の悪口は言わない。お金の貸し借りは簡単にしない。借りたものは必ず返す。噂を吹聴しない。突き詰めて言えば「誠実である」以外に信頼関係を得る術は無いのではと思っている。話が面白いとか、友人が多いとか、社会的地位が高い、お金持ちであるなんてのは、実のところ信用度のバロメーターにはならない。それらのことは「どれだけ人気者であるか」を計る目安にはなっても、「どれだけ信頼できる人物か」という目安にはならない。例えば社交的で賑やかで話が面白い人と、物静かで地味だけど思慮深くて口の固い人、どちらを友人にしたいかと聞かれたら、私は躊躇無く後者を選ぶし、自分もそうありたいと思っている。あ、ちなみに「優しい」なんてのは基準が曖昧過ぎて、人を見る上では参考にならない。「自分は優しい」とか「あの人は優しいから信用できる」とか軽く言う人は、それだけで思慮が浅いと思えてしまう。


 いくつかのシンプルな条件の中で私が一番重視するのは、「口が固い」こと。口の軽い人はそれだけで信用できない。たとえどんなに陽気で魅力的な人であってもだ。「舌禍」という言葉もあるように、本人は悪気無く喋ったことでも、後々トラブルの元になったり、思わぬ所で人に迷惑をかけたりするものだと思う。それほど言葉というのは恐ろしい。噂や伝聞には必ず尾ひれが付く。「また聞きしたこと」は、それがどんな内容であれ、必ずネガティブなニュアンスが加味されてしまうものだと、私は思っている。例えば誰々が入院したんだって、という話が、いつの間にか具体的な病名が付いて余命何ヶ月、なんて話になってるとか。実際私の友達に起こったことなのだが、何でもない日常会話の電話がいつの間にかその友達が悪口を言いふらしたという話に変わっていたり。


 嫉妬、被害妄想、そして話を面白おかしくしてやろうというスケベ心が、事実をどんどん捻じ曲げる。噂とはそういうものだと思う。だから私は、会話の中にむやみやたらと「○○さんがこう言っていたんだけど」とか「○○さんてこうなんだって」と脈絡もなく話す人は、それだけで信用できない。○○さんは私の知り合いでもあったりするが、よくよく聞いてみると別に私が知らなくてもいい情報だったり、○○さんと親しい自分を自慢したい意図が感じられたり、いずれにしてもあまり聞いていて愉快ではない。もちろん一々目くじら立てたりはせず、一応聞くが、それでも心の中で(ケッ)と思っていることが多い。私自身は一対一で話している時に、唐突に誰かがこう言っていた、なんて話はほとんどしない。共通の知り合いに関する話題はむしろ避けている。全然関係ない人の話ならたまにするが。


 過去に人間関係で色々失敗してきたが、そのうちの多くは「人の噂」に貶められたり、私自身の舌禍のよるものであったので、人一倍警戒心が強くなっているのだ。言葉は本当に恐ろしく、口から出た瞬間から一人歩きを始めるものだ。そのことを知らない、またはあまり深刻に考えない人とは、できるだけ距離を置いていたい。いきおい友達が少なくなってしまうが・・・複雑な人間関係の中で、噂話で身動き取れなくなってしまうよりはよっぽどいい。


 舌禍は本当に怖い。「人の振り見て我が振り直せ」である。リアルでも、ブログでも。