最近あるきっかけで、無償の愛とは一体何かと深く考えた。


 考えれば考えるほど分からなくなった。頭にこびりついて離れない命題が「男女の関係に無償の愛は存在するか?」ということである。目下の私の意見では否なのだが。存在する、と確信する人もあるだろう。それは、「無償」部分がどの程度か、によるかも知れない。


 男女間の無償の愛を考える時、いつも思い出す小説がある。モーパッサンの短編『椅子直しの女』である。初めて読んだのが中学3年だったので、詳細は忘れてしまったが、だいたいこんなストーリーだった。


 舞台は19世紀のフランス。あるジプシーの旅芸人の一座が、片田舎の薬屋に間借りしている。そこを拠点にして興行を打つためで、何ヶ月もの長期滞在となる。その一座に、醜く、若くもなく、何の芸もない女がいた。女は椅子などの家具を修理することを生業とし、他の団員が歌ったり踊ったり芝居をしたりする傍らで、地味に椅子を直してお金をもらっていた。一座の中でも厄介者的な存在だった。


 その女が薬屋の一人息子に恋をした。男も中年で、それほど魅力的ではなかったが、椅子直しの女は何故かその男に強く惹かれた。理由などなかったのだろう。しかし二人の間に接点は何も無く、家主と居候の一人と言う関係であったから、言葉を交わす機会もあるはずがなかった。女はひたすら、遠くからみつめるしかできなかった。


 ある日、椅子直しの女はたまたま庭に出ていた薬屋の息子と、一瞬目があった。男はその瞬間、さげすむような、汚い物を見るような目で女を睨んだ。しかし女はこの上も無く幸せだった。恋する男との、初めての接触だったからだ。幸せな気分はしばらく続いた。


 またある日、女は薬屋の息子と二人きりになった。女の方からは何も言うことはできなかったが、男が一言、言葉をかけた。「失せろ。うすのろ」と。女はその言葉を聞いた時、天にも昇る気持ちだった。愛しい男から言葉をかけてもらえたのだ。まさに幸福の絶頂にあった。


 物語はこの後、特にドラマチックな展開をすることもなく、淡々と終わっている。(終わり方は忘れてしまったが)女と男の間には何の進展も無く、結局一座が薬屋を離れることで、接点は完全に無くなってしまう。女と男の接触はたったの2回、それもロマンチックとはほど遠い有様だ。


 初めて読んだ時、何故か胸を打たれたのを覚えている。これももしかしたら「無償の愛」の一つの形ではないかと考える。相手に何も求めることなく、ただそこに存在するだけで幸せに感じる、徹底した自己完結愛。薬屋の息子は椅子直しの女を歯牙にもかけなかったばかりか、目障りなものとして扱った。女は男から何の恩恵も受け取っていない。完全な片思いだ。しかも報われない。


 やはり、無償の愛は片思いでなければならないだろう。それも相手に気持ちを伝えられたとか、少しでも笑いかけてもらえたとか、そういう甘酸っぱい思い出は一切なしの、どんなに相手がひどい態度を取っても、それを妄想力でポジティブに変換できる、病的なほどのパワーがなくてはならない。


 好いた相手とわずかな期間でも交際できたとか、1度でも肉体関係を持てたとしたら、相手から見返りを受け取ったことになるので、それはもう無償の愛とは言えない。あ、もちろん両思いも。


 相手から何も好意的なものを受け取らなくても、あまつさえ相手と金輪際会えなくなっても、尚も一途に相手を思い続けることこそが、男女の関係における無償の愛ではないかと思う。無償の愛は報われてはならないのだ。


 私の考え方だと、無償の愛ってストーカー行為に限りなく近いな・・・(笑)


 もちろん、相手が迷惑と感じたと認識したら、その時点で身を引かなければならないが。