episode1 マルミ 続き


 「誰かいい人いないですかねぇ」これが、マルミの口癖になった。先日の一件もあってマルミに軽い不信感を抱くようになった私は、もう以前のようにマルミに過剰に気を遣ったりすることはなくなった。言葉をかける時も腫れ物に触るような感じではなく、けっこう率直にズバリ核心を突くようになった。「いや、今そんなこと言ってたらダメでしょう。しばらく恋愛はやめときなよ。それより早くちゃんとした仕事みつけて、社会復帰する方が先じゃない?」マルミの状態も良くなって来ているし、まぁ大丈夫だろうと思って言った。「そうですねぇ・・・でも私もうすぐ30になるし」やはり彼女は、早くいい人をみつけて結婚してしまいたいらしかった。また確実に同じことの繰り返しだろうに・・・。マルミのように、自分の全てを丸投げして相手に何もかも面倒をみてもらいたい女に、魅力を感じる男がいるはずないだろうにと思った。


 ところが、いたのだ。


 たまたま何ヶ月かマルミを訪ねない期間があった。仕事も忙しかったし、マルミの状態も良くなっていたし、向こうから「話を聞いて欲しい」と言う連絡もなかったのだ。ある日、夫が「そういえばマルミちゃんどうしてる?」と聞いてきた。彼もけっこうマルミのことは心配だったらしい。「さぁ・・・最近連絡取ってないから。元気にしてるんじゃない?」「電話してみたら?また落ち込んでるかも知れないよ」確かにマルミの状態には波がある。夫の言うことももっともだと思い、マルミの携帯にかけてみた。


 「もしもし」「あ、夏ばこです。元気かなと思って」「元気ですよう・・・うふふ」なんだか妙にテンションが高い。隣に誰かいるような気配を感じる。「誰かいるの?」「あ、はい。えへへ」「取り込み中みたいだね。切ろうか」「あっ別にー・・・」「ところで今何してるの?」「区役所でバイトしてますよ」「へー区役所。区役所のどこ?受付?」「えーと・・・うふふ」「何?どこなの?」「あ、いや言わない方がいいかなーと思って」「何それ?どういう意味?」「何でもないです。また電話しまーす」妙な後味の悪さを残して、電話が切れた。一体何なのだ。隣にいたのは、ひょっとして男か?


 しばらくして、マルミから電話がかかってきた。「夏ばこさん、この間はどうも」「うん、いいよ。で、今何してるの?」「区役所のー、総務でバイトを始めたんですぅ、3ヶ月前から」「ふうん、仕事は順調?」「そこでえ、いい人みつけちゃったんですぅ!」・・・は?正直またか、と思った。またマルミのいつもの依存かと。しかし次のマルミのセリフに、私は仰天した。「今一緒に暮らしてるんです!」


 なんと。3ヶ月前にバイトを始め、そこで出会った区役所の男と意気投合し、交際を始めたと言うのだ。マルミによると、顛末はこうだ。バイトを始めてすぐ、男に声をかけられ、デートに誘われた。初デートで男のアパートに連れて行かれ、部屋の掃除をさせられた。(エッチはなし)2回目のデートでマルミの母親に会わせたら、すぐに気に入られ、付き合うことになった。男は結婚願望が強かったらしく、3回目のデートでプロポーズらしきものをされ、マルミも承諾した。双方の親に話すと、一緒に住めばと言われたので男のアパートで同棲することになった。マルミはバイトを辞め、今は専業主婦をしている。半年後に東京ディズニーランドで挙式の予定で、その前に北海道へハネムーンに行く予定だと言う。更になんと、マルミは妊娠していた。マルミの母に、結婚する気なら避妊はまかりならんと言われたので、避妊を一切しなかったと言う。(どういう理屈だ?)「彼のお母さんからも『子供はまだ?』って毎日電話がかかってきて・・・すごく焦ってたんですけど、やっとできました!今3ヶ月です!」


私は最初に思ったこと・・・「なんてインスタントなんだろう」要するに、バイトで入った役所でたまたまものすごく結婚願望の強い男に出会い、家事能力を試され(最初のデートでいきなり掃除させる男って・・・)、合格したのでそのままの流れで同棲、親に子作りをせっつかれ籍も入れてない内から子作りに励み、めでたく妊娠、ここまでの所要期間が約3ヶ月。これでいいのか?いや、マルミ的にはこれでいいのだろう。彼女はやっと、母親に代わる安住の場所をみつけたのだ。相手の男はとにかく一刻も早く嫁が欲しかったんだろうし、お互いのニーズが見事に合致した例だろう。


 私は何だか馬鹿馬鹿しくなった。今までの悩みっぷりは一体・・・私の尽力は一体・・・母親から自立したいだのナンだのって、全てポーズか。恋人とうまく行かないとか、結婚話が壊れるとか、その度におかしくなるのは、安いドラマの悲劇のヒロインを気取っていただけか。本気で心配した私が馬鹿みたいだ。アホらしい。


 マルミは、今までどおり母親にべったり依存して生きることだろう。そして旦那にも。本当の幸せが何かなんてこの先一度も考えず、標準的に二人ぐらい子を産み、旦那の稼ぎで専業主婦をやり、ママをやり、子供がある程度育ったら母親に面倒をみてもらってパートにでも出かけるかも知れない。そしてそのままオバサンになり、のほほんと何も考えず、年を取るに違いない。結婚という制度に逃げ込み、愛があるのかないのか分からない状態でもとりあえず夫婦としての体裁を整え、子供ができて家族となったらそのまま流れで一生安泰で暮らす・・・それがマルミの描いた最良の幸せの形だったのだろう。電話の向こうのマルミの、天下を取ったような勝ち誇ったような声のトーンとテンションの高さが、如実にそれを物語っていた。


 私は、マルミと縁を切ることにした。もう彼女は私が何を言っても、聞く耳を持たないに違いない。これからどんどん傲慢になって行くであろう彼女と、これ以上付き合っても楽しくない気がした。マルミに私はもはや必要ではない。


 私の判断は正しかった。マルミはその後も電話をかけて来て、結婚式に出てくれと言ってきた。なんだかんだと理由をつけて断ったのだが、その後も何かと連絡を取ってきた。やはり彼女はどんどん感じが悪くなって行った。「私って幸せでしょう」とことさらにアピールし過ぎと言うかなんと言うか、自分は幸せなんだから何を言っても何をしても好意的に見てもらえる、と言う魂胆がにじみ出るような独特の感じ悪さなのだ。「幸せ礼賛病」とでも言おうか。マルミはもう、人の気持ちどころか人の都合も分からない。最初からこんな嫌なヤツだったのか?


 正直、マルミの一件には疲れ果てた。そして何も得るものがなかった。見返りを期待してアドバイスした訳ではもちろん無いが、それにしても甲斐が無さ過ぎた。マルミの一件で、人の悩みの相談に乗る難しさを痛感した私である。正直これで懲りたつもりだったのだが、似たようなエピソードがあと二つもあるのだ。つくづく私って・・・。