この年になっても、まだ人間関係に煮詰まることがある。永遠のテーマか?人が二人いれば争いが起きるのは常としても、私は色々考え過ぎる。無用な気疲れを日々繰り返している気がする。若干人間不信気味でもある。忙しいと忘れているが、ちょっと暇になるとたちまちあれこれ嫌なことを思い出したりして、憂鬱になる。どうしようもないことはさらりと流せばいい・・・頭では分かっているのだが。人の中で生きているのだから、人間関係が快適であるに越したことはない。が、どうも私は他人と適度な距離を保って快適な関係を作ることが下手なようである。こうなったのはいくつか、原因となる出来事があったと思う。



 episode1 マルミ


 マルミは、結婚前に勤めていた会社の後輩である。私が寿退社するので、私の補充要員として採用されたのだ。年は私より4つ下だった。真面目で明るく、仕事もできるので私は気に入り、私が辞めて結婚してからも、時々会って食事などしていた。マルミの人懐こさが好きだった。


 何年か後、マルミは突然会社を辞めた。自律神経失調症で、心療内科に通院しているらしい。会社の仕事があまりにも激務なのと、待遇が悪かったので、とうとう心を壊してしまったというのだ。心配になり、私は会って詳しく話を聞くことにした。


 福福しかったマルミはひどくやつれ、顔は皺だらけでまるでおばあさんのようだった。一体どうしてこんなになってしまったのか?心を病んだ原因は結局仕事のストレスで、一時は昼夜の区別がつかず、不眠にもなったが、心療内科でもらった薬のおかげで大分よくなったという。今は自宅で静養しているとのことだった。マルミの両親は離婚しており、マルミは母親と二人暮らしだった。


 当時マルミには彼がいた。マルミの病気をいたく心配してくれる優しい男性で、マルミも彼を頼り切っていた。彼が心の支えだと。しかし、マルミの母親が交際にいい顔をしなかった。曰く、病気を治すのに専念するべきで、男にうつつを抜かしている場合ではない、と。


 どう考えてもおかしな理屈で、黙殺すればいいだけのことだと私は思ったが、母親ベッタリのマルミは母の言葉を無視できず、悩んでいた。つまり、彼を取るか母親を取るかである。そんな風に悩むレベルの問題ではないのだが、マルミは深刻に考え、悩んで悩んで母親を取った。彼に、母が会うなと言っているから会えない、と告げたのだ。


 彼に会えなくなったマルミは、再び憔悴して行った。私は、どう考えても誤った選択で、そんなにお母さんに気を遣わなくてもいいのではとアドバイスしたのだが、マルミはそれを受け入れられないようだった。落ち込んでどんどん痩せていくマルミをかわいそうに思う一方で、私はマルミの気持ちが理解できなかった。


 そうこうしている内に我慢できなくなったのか、マルミは彼と連絡を取り合ってしまった。そのことが母親にバレてものすごい勢いで怒られ、マルミは母親と大喧嘩をした。マルミの中で、母親より彼の存在が勝った瞬間だった。


 形勢が悪くなったマルミの母親は、私を味方につけようとしたのか、早朝7時に電話をかけてきた。母親は、マルミの彼のことを、会うなとこっちが言っているのに会うとはとんでもない男だとか、マルミは今までは私に何でも話していたのに急に話さなくなったとか、色々とぶつけてきた。私は内心「何言ってんだか」と思いながらも一応話を聞いたが、「28にもなるお嬢さんなんですから、放っておいていいんじゃないですか」と最後には告げ、電話を切った。明らかにあの母親は干渉しすぎると思った。


 マルミとマルミの母親は、密着親子だった。互いにべったりと依存し合い、無くてはならない存在として生きて来た。マルミの母親は20代で離婚して、以来ずっと独身である。一人娘のマルミが唯一の生きがいだったのだろう。娘の異性関係にはことさら厳しかった。だからマルミは、28歳になるまで恋愛らしい恋愛をしたことがなかったのだ。


 母から「自立」したいマルミは、私に就職の世話を頼んで来た。当時私の勤めていた会社に紹介してくれと。紹介するのは構わないが、果たしてマルミに激務の営業職が勤まるのか、私は甚だ不安だった。薬はもう飲んでいないとは言え、まだ心療内科に通院しているマルミである。いきなり営業ではなくて、まずはいつでも辞められるファストフードのウエイトレスなんかから始めた方がいいのではと言ったが、マルミは聞かなかった。


 とりあえず紹介して、マルミは私と同じ会社に入った。しばらくの間は頑張っていたが、やはり肉体的にも精神的にもキツ過ぎたようで、結局2ヶ月で辞めてしまった。当然紹介した私が責任を被り、マルミの担当は全て私がカバーする羽目になった。マルミのフォローでそれからの2ヶ月は、私にとっても相当にキツイものとなった。


 自信を無くしたマルミは更に落ち込み、同時に彼との間もしっくり行かなくなって来た。彼氏の方がマルミの母の干渉に根を上げ、距離を置くようになったのである。案外根性の無い男だった。よりどころを失くしそうになってマルミは一層不安定になっていった。


 この頃私は本当に頻繁にマルミに会った。私は、こうなった根本原因はマルミと母の癒着にあると思ったので、少し精神的に距離を置いたらどう?とアドバイスした。マルミはその意見に納得したのかしてないのか、曖昧に返事をするだけで、実際行動に移す気力はなさそうだった。この頃のマルミは本当に精神的に不安定で、とんでもない時間に電話がかかってきたり、そうかと思うと自分から会いたいと言ってドタキャンしたりしてきた。心療内科には相変わらず通っていたが、薬は服用していなかったように思う。その医院の治療方針なのか、あまり長い間薬は出さないらしかった。薬を飲み過ぎると薬に依存して、却って危険なのだそうだ。


 病気自体はもうほとんど治っており、後は本人の行動次第と言う見立てだったのだが、本人自身に自信が無いため、なかなか良くならないのかも知れなかった。


(続く)