ふと思った。「愛される」ってどういうことだろう?
自分は「愛されている」と実感できる時って、実はものすごく少ないのではないだろうか。「愛している」自覚は簡単だけど、自分のことだから。
例えば誰か異性を好きになったとする。その人に気持ちを伝えて、その人がそれを受け入れてくれたとしても、
「愛された」と思い込むのは早計だ。
その人は愛を告白されて嬉しかっただけかも知れない。単なる気まぐれかも知れない。友達として付き合うだけのつもりかも知れない。(友達の定義は人それぞれだ)
よしんばその人と肉体的に愛し合うようになり、その行為がすごく心地よかったとしても、単に体の相性が合うだけかも知れない。突き詰めれば、「自分がその人を愛している」という事実以外に確かなことは、何もないのだ。
夫婦でも恋人同士でも同じこと。「愛し合っていること」は、どちらかの幻想かも知れない。相手の気持ちを確かめる術なんて無いのだから。
「愛している」その言葉の裏に嘘があるかも知れない。
「愛していない」その言葉の裏にも嘘があるかも知れない。
愛するのは楽しいが、愛されるのは難しい。自分以外の人に、自分が抱いている以上の愛を期待するのは間違いなのかも知れない。
いや、時として「愛している」ことも分からなくなるのではないだろうか?人間は弱いから。
せめて「愛する」ことは忘れないでいたい。死ぬ間際まで、誰かを愛していたい。
確実なのは「愛すること」だけだから。