例えば不倫している男女がいるとする。二人のやっていることはもちろん不法行為だが、二人ともお互いを真剣に思い合っている。配偶者と別れて一緒になろうか、お互いの将来を考えて別れようか、それとも友人として一線を引いて付き合おうか、二人の心は揺れに揺れ、なかなか答えが出ない。分かっているのはお互い本気で愛し合っているということ、かけがえの無い存在だということ。でも二人が愛を貫き通せば、多くの人を苦しめてしまう・・・。
正に八方塞の状況にある人が、少しでも心を軽くしたくてブログにその心情を吐露したとする。「私は既婚者ですが好きな人がいます。その人のことを本気で愛していますが家庭も捨てられません云々・・・」こういった趣旨のことを表現は色々だろうが、ブログに書くとする。第三者の意見を聞きたいのでコメント欄はオープンにしておく。世の中には色んな考え、立場の人がいるから、きっと様々な意見がある・・・。
ここで、「不倫なんてやめなさい」とか、「家族の心を傷つけてまで恋愛するなんて理解できない」とか、「頑張って。私も同じ状況です」とか「一線を引いて友達になった方がいいんじゃないですか?」とか、肯定否定あらゆる意見がコメント欄に並ぶのは、極めて正常な状態と言える。ブログ主もそれらのコメントに対して、レスをするのも自由、しないのも自由だと思う。
しかし・・・「淫乱女」「家庭破壊者」「自己中。死ね」「家族にばらしてやろーか」「地獄に落ちるぞ」などの、暴言としか思えないコメントは、明らかにNGだろう。しかしその手のコメントをする輩は、一見「正義」の仮面を被っているからタチが悪い。散々乱暴な言葉で煽っておいて、ブログ主がそれに対して抗議したり黙殺したりすると、逆ギレして一層の暴言を吐く。だんだん攻撃はエスカレートしてきて、しまいには「殺す」だの「2ちゃんねるに曝す」だの、脅迫まがいの行動に出る。客観的に見てどう考えても単なるヒステリーなのだが、本人は不倫と言う違法行為をする不届きな人物に向かって、正義の鉄槌を下している気でいるのだから、まったく度し難い。
不倫は確かに不法行為なので、それを分かっててやる人間はある意味「マトモ」ではないかも知れない。しかし、「我こそは正義」という旗印のもと、「マトモ」でない人々を汚い言葉や脅迫行為を使ってでもとことん糾弾してやろうという異常な正義感は、もはやマトモではない。
むしろ秘めたる関係を密やかに進行させようとしている人たちの方が、よほどマトモに見える。誰かを愛する行為は美しい。たとえそれが世間に許されざる愛だったとしても、人を思う心自体は基本的に美しいものだと思う。不倫する自分たちをどこでもいつでも礼賛し、肯定してくれなければイヤだと言う不遜な気持ちさえ持たなければ、一定の理解は示されて然るべきものだと、私は思う。
物事には何でも加減がある。100パーセント正しい、100パーセント間違っている事なんて、世の中に存在しないのではあるまいか。正しいと思っている人が多いか少ないかの違いだけで。
「常識」なんてものはある時簡単に覆る。いわんや、「正義」をやだ。