「仔豚?」

 それが、峰子の第一印象だった。


 色白で丸顔、眉はハの字で薄くぼんやりとしており、黒目がちだが一重の丸っこい目、おちょぼ口、そして鼻筋がほとんど無い団子鼻は上を向き、大き目の鼻の穴が正面を向いている峰子の顔は、誰がどうみても豚に似ていた。比較的小柄なので仔豚と言ってみたが、二重顎の、全体にぷよぷよと贅肉のついたしまりのない体型は、「豚」とそしられても何ら文句は言えなさそうだった。


 我ながら随分ひどいことを考えているな、と耕治は薄く反省した。相手は初対面の、それも見合い相手の女性なのだ。向こうもまさか、今見合いしている男がそんなことを考えていようとは、夢にも思っていないだろう。


 しかし・・・峰子に女の魅力を探すのは至難の業だった。前述の通り顔も体型もパッしない上、見合いだからと気張ったであろうピンクのワンピースもセットし立ての髪型も、限りなく昭和の香りがし、おまけに首元の真珠のネックレスは幾分食い込み気味で、「豚に真珠」ということわざを連想させた。どれだけ甘く点をつけてもせいぜい30点と言ったところだ。


 峰子は緊張しているのか、口を真一文字に結んだままこちらを睨みつけている。照れてうつむくならともかく、正眼に見据えるというのはどういうことか。耕治は耕治で峰子の視線に射抜かれて声も出ず、額を嫌な汗が流れるのを感じるのみだった。


 都心の大学を出て、地元の農協に就職して約10年、今年34になる耕治に向かって、周囲は「早く身を固めろ」とせっつきだした。耕治自身はまだまだ結婚する気になどなれなかったのだが、親が勝手に方々に世話を頼み、親戚やら近所の世話焼きおばさんやらがぽつりぽつり持って来た話の一つが、峰子なのだった。29歳で、短大を卒業後、ずっと郵便局のパートをしていたと言う。正社員でなく、何故パートなのかは分からない。3人姉妹の末っ子で、父親は信用金庫に勤めているが、祖父母は農業を営んでいる家の娘とのことだった。


 耕治の父も、定年したが信金勤めであった。同じような家庭環境ということで、双方の親が妙に安心したのか、非常に乗り気になった。しかし肝心の耕治は、目の前のこの仔豚ににた女と同衾し、子供を作り、家庭を営んでいる自分がどうしても想像できないのだった。平たく言えば、峰子にまったく魅力を感じない。いくら見合いとは言え、全然いいと思わない女性と結婚する義務はないだろう。「この話はナシだな」耕治は心に決めた。


 家に帰って早速母に、今日の見合いは壊れたから、と伝えると、先方からたった今電話が来て、是非進めて欲しいと言う要請があったと言う。母自身もいい話だと思っているので、断るならお前の口から先方に伝えなさい、但し今日の今日断りの電話を入れるのはあまりにも失礼なので、少し時間を置きなさいと言われた。


 耕治はそんなものかと思い、言いつけに従って2,3日時間を置いた。ところがそろそろ電話しようと思っていた正にその日、峰子の父親が急死したとの連絡が入り、見合いの返事どころではなくなってしまった。突然の不幸に峰子も、峰子の母親もいたく動転しており、耕治の一家は親族の一員のように峰子一家を支え、通夜、葬儀、初七日と、一連の行事の采配を振るった。峰子の本当の親戚が余りにも頼りにならない人が多く、行きがかり上、耕治一家が最も働いた。そうこうしている内にいつのまにか本当の親戚のような空気が漂い始め、一度も二人で話したことがないのに、耕治と峰子が婚約者同士であるかのように周囲が扱うようになった。


 そうして、49日が終わった頃辺りから、ぼちぼち結納を、という声が出るようになった。出所は峰子の母親である。たった一人残った末娘の行く末が心配なのか、耕治の家族が親身に世話をしてくれたのを勝手に「承諾」と解釈したのか、早く話を先に進めなければいけませんねぇ、天国のお父さんを安心させてあげないと、と耕治の母に人を介して伝えて来た。


 追い詰められたのは耕治である。状況に流されている内にとんでもないことになったと頭を抱え、俺は結婚する気はないからねと、断固とした口調で両親に伝えた。すると、まぁまぁまぁと母親が、人間いつかは結婚するものだし、あんたもいい年だしと、愚にもつかない根拠を以て説得にかかって来た。理不尽にも程がある。どうやら峰子は、耕治の母にえらく気に入られたらしいのだ。異性から見ると何の魅力もない峰子だが、いわゆる「固い家」で育ち、女きょうだいで、短大を出てから浮いた噂一つなく、真面目に働いて来た固いお嬢さんという、姑世代の女には受けの良い要素はいくつも持っていた。


 耕治の父は賛成とも反対ともつかない様子で、よく考えて決めろと言うのみだった。考えるまでもなく、耕治の心は最初から決まっている。一生の伴侶に峰子を選ぶつもりは毛頭無かった。


 それなのに。3ヵ月後、耕治は峰子と三々九度の杯を挙げていた。


(続く)