今日の新聞の三面記事にあったのだが、名古屋在住の30歳のOLが、会社の金を横領し、約5年間で1億5千万円を広島の男に貢ぎ、詐欺罪で逮捕されたと言う。OLと男は『恋人同士』だったが、一度も会ったことはなかった。ネットの出会い系サイトで知り合った、バーチャル恋愛の関係だったのだ。
女と男は2001年にある出会い系サイトを通じて知り合い、以来携帯メールで『交際』を続けてきた。最初は単なるメル友だったのだが、女が男に車の修理代2万を貸してから、関係が変化した。男はその金を実際車の修理に使い、後に返済したらしいのだが、そこでこの女の善良さに気付き、うまくやればもっと金を引き出せると思ってしまった。以来男は頻繁に金を無心し、同時に女との結婚をほのめかすようになった。もちろん金を引き出すための方便である。女は男に惚れていたのだろうか、言われるままに金を振り込み、男の約束を信じた。金額は徐々に上がって行き、貯金が底をついた女は、会社の金に手を出すようになった。
男は結婚の約束のみならず、自分の仕事や経歴も嘘をついていた。実際は高卒のフリーターなのに、有名大学出身で青年実業家の振りをし、事業のことで金が要るからと、女には言っていたらしい。女は貸した金の総額がどんどん膨れ上がり、会社の金に手を出していたこともばれそうになったので、男に返済の催促をした。当然ながら男はそれを無視し、更に金の無心をするのだった。一度に借りる金額も、50万、70万、150万と、どんどん大きくなって行った。女はそれでも男を信じ、言われるままに金を渡し続けた。お金を出さなければ捨てられると思っていたらしい。
そんなことを長く続けられるはずがない。やがて横領が発覚し、女は詐欺罪で逮捕された。女の供述で、男も捕まった。逮捕後二人は初めて顔を合わせた。女は男の顔が、自分の知っている顔とはまったく違っていたので愕然としたと言う。男は写メールで別人の顔を送っていたのだ。男が女に話した何もかもが嘘だった。無論、結婚の約束も。全てが明るみに出て、やっと女は自分が騙されていたことに気づいた。
何からなにまで異常な事件である。まず、一度も会っていないのに結婚の話をする方もする方だし、信じる方も信じる方だ。それに、携帯メールの交換だけの付き合いをしている相手に、お金しかも大金を貸すというのもどうかしている。そんなに相手を信用していたのだろうか?一度も会っていない相手を?メールの文面だけで、どれだけ相手を理解できたと言えるのだろうか。
名古屋と広島なら、会いに行けない距離ではない。気持ちがあったのなら、一度は会おうかという話になっても全然おかしくはない。5年間で一度もそんな話が出なかったことを、女は不思議に思わなかったのだろうか。全く私の理解を超えている。バーチャル恋愛自体を否定するつもりはないし、それが生活のスパイスになっている場合もあると思う。バーチャルはバーチャルだとしっかり自覚して楽しむ分にはいいだろう。しかしこの二人の場合、バーチャルと現実がごっちゃになり、犯罪にまで発展してしまっている。火の無い所に煙を立てたと言うか、本来ならこんな犯罪が成立し得ないような状況なのだ。どこの世界に、会ったこともない男のために公金を横領してまで貢ぐ女がいるだろうか?
この女は厳密には、現実世界を生きていなかったのだと思う。彼女にとって現実の世界は幻のように不確かで、広島の男との「恋愛」こそがリアルだったのだ。携帯を開けば甘い言葉で囁いてくれるイケメンの彼がいる。彼女の日常は、余程つまらない物だったに違いない。一度も会わない男に人生を賭けてしまいたくなる程に。
一方、男を取り巻く現実もかなり薄ら寒かったらしい。彼は32歳のフリーターで、高校を出てから職を転々として、ガールフレンドはおろか友達もいなかった。女から巻き上げた金を何に使っていたかと言うと、自分は下戸で飲めないのに、毎晩知人を高級店へ連れて行き、羽振り良くおごるために使っていたと言う。そんなことまでしなければ人に相手にされないような人物だったのか。彼もまた、携帯の小さな画面の中に夢を見出していたのかも知れない。
会ったことも無い相手に自殺幇助を依頼したり、結婚を申し込んだり、最近不可解な精神構造の人間が増えて来た気がする。ネットや携帯の発達で、あまりにも簡単に新しい人と「お近づき」になれてしまうからだろうか。文章はその人の人となりが確かに出るから、メールの文章だけ見ていい人だと思い込んでしまうこともあるかも知れない。しかし、人は文章でいくらでも嘘がつけるのだ。小説家や脚本家の存在がその事実を裏付けている。これは私にとって当たり前の常識だが、そういうことが想像できない人間もいるのだろうか?
バーチャル世界と現実が曖昧になっている一因は、最近の人間が余りにも無垢(悪い意味で)になってしまった所にあるのかも知れない。