今日は母方の祖母の命日。5年前の今日、84歳で亡くなった。
波乱に満ちた生涯を送った人だった。その人生はドラマチック過ぎて、小説の題材になりそうなくらい。いつかブログのネタにしようと思う。
決して優しいおばあちゃんではなく、むしろ性格はきつく厳しい人だったが、気丈で頭の回転が早く働き者で、5人の子供をほぼ女手一つで育てた女丈夫だった。
大変情の深い人で、どんなに貧乏しても子供は自分の手で育てると決め、養子の話が来ても全部断ったらしい。(昔は貧困ゆえに子供を他家へ養子に出すのが案外普通のことだった)
また自分も貧乏しているのに、優秀な甥の学費を援助してやったりもした。その甥は今は弁護士として活躍している。『叔母さんが居なかったら今の僕はない』祖母の葬儀の席で、その人は言った。
とにかく一言で言えば『偉大な祖母』だったのだ。孫を甘やかすタイプの人ではなく、私は余り祖母から優しい言葉をかけてもらった記憶がないのだが、苦労した体験談やそれに裏打ちされた人生訓は、子供の頃の私の体に沁み、今も私を形作る大切な要素となっている。私だけではなく、他の大勢のいとこたちもきっとそうだろう。祖母からもらったものはたくさんあると思う。
考えてみれば私も母も母のきょうだいも、その子供たちもみんな祖母から生まれたのだ。私たちはみんな、祖母のDNAを受け継いでいる。血が繋がっているとはこういう事なのだなぁ。 『血の繋がり』を意識する時、自分は一人ではないのだと感じる。
本当は今日墓参りに行くべきなのだろうが…寒すぎて断念した。(-.-;)代わりにこうしてブログに書いた。…供養になっているだろうか?
おばあちゃん、ごめん。今月中に必ず行くから…。f^_^;
波乱に満ちた生涯を送った人だった。その人生はドラマチック過ぎて、小説の題材になりそうなくらい。いつかブログのネタにしようと思う。
決して優しいおばあちゃんではなく、むしろ性格はきつく厳しい人だったが、気丈で頭の回転が早く働き者で、5人の子供をほぼ女手一つで育てた女丈夫だった。
大変情の深い人で、どんなに貧乏しても子供は自分の手で育てると決め、養子の話が来ても全部断ったらしい。(昔は貧困ゆえに子供を他家へ養子に出すのが案外普通のことだった)
また自分も貧乏しているのに、優秀な甥の学費を援助してやったりもした。その甥は今は弁護士として活躍している。『叔母さんが居なかったら今の僕はない』祖母の葬儀の席で、その人は言った。
とにかく一言で言えば『偉大な祖母』だったのだ。孫を甘やかすタイプの人ではなく、私は余り祖母から優しい言葉をかけてもらった記憶がないのだが、苦労した体験談やそれに裏打ちされた人生訓は、子供の頃の私の体に沁み、今も私を形作る大切な要素となっている。私だけではなく、他の大勢のいとこたちもきっとそうだろう。祖母からもらったものはたくさんあると思う。
考えてみれば私も母も母のきょうだいも、その子供たちもみんな祖母から生まれたのだ。私たちはみんな、祖母のDNAを受け継いでいる。血が繋がっているとはこういう事なのだなぁ。 『血の繋がり』を意識する時、自分は一人ではないのだと感じる。
本当は今日墓参りに行くべきなのだろうが…寒すぎて断念した。(-.-;)代わりにこうしてブログに書いた。…供養になっているだろうか?
おばあちゃん、ごめん。今月中に必ず行くから…。f^_^;