正月3日、夫の両親とちょっと高級な日本料理店で食事をした。


 途中まではまぁ良かったのだが・・・ある会話の流れをきっかけに姑のネガティブスイッチが入ってしまった。


 わたしゃ毎日6時まで働いとった!生活のためにね!だからちゃんとご飯作る余裕なんか無かったわ!


 そう言い放つと眉間に皺を寄せて、押し黙ってしまった。舅、夫、私は苦笑いを浮かべたままどうしていいか分からず、姑が手洗いに立つまで気まずい沈黙が続いた。


 姑の言いたかったことは要するに舅への不満である。「働きたくなかったのに生活のために働かされていた。甲斐性のない夫のせいで自分は苦労した」と言いたいのだ。そんなん家族の食事の席で言われても・・・。( ̄ー ̄;


 姑のこういう態度は今に始まったことじゃない。家族で集まると必ずと言っていいほどこういう事が起こる。姑は家にいる時まったく舅と会話をしないが、私たちがいるので何か話さなければならない状況になるので、話しているうちに昔のことを色々思い出すらしい。「お父さん(舅)にこんなひどいことをされた。あんなひどいことをされた」・・・どれだけ聞かされたか分からない。


 いつも思うのだが、嫌いを通り越して憎んでいるような夫と、何故いつまでも一緒にいるのだろう。一人息子も結婚して独立し、親としての責任は果たしたのだから、後は自分の人生を自由に生きればいいのだ。姑には自立できるだけの経済力もある。若い頃フルタイムで働いていたお陰で、年金は月15万ほどあり、更に貯金、株合わせて1000万ほどの資産がある。(全部姑名義)おまけに今でもパートタイムで働いているのでこちらも月収3万程度ある。姑は元々体も丈夫だし、今のところ深刻な病気にもかかっていない。お金もあって元気なのに、どうして敢えて鬱々とした毎日を送っているのか。


 以前「別居なさったらどうですか」と勧めたら、「アパート代を払うのが勿体無い」と言われた。お金と自分の幸福と、天秤にかけたらお金の方が重くなるらしいのだ。私にはそういう感覚は理解できないが。お金は墓の中まで持っていくことはできない。自分の人生は一度きり。どちらが大事かと聞かれたら、考えるまでもない。


 姑のような考え方は、自分で自分を不幸にするばかりだ。嫌いな夫と眉間に皺を寄せながら一緒に暮らし、30年も前の嫌なことを時々嫁に愚痴る・・・そんな人生でいいのだろうか?毎日毎日、イヤな相手と顔を合わせていたら気持ちも暗くなるし、気力も奪われるだろう。病は気からと言うし、健康にも影響を及ぼすかも知れない。離婚して一人になった方が、どんなに幸せか知れない。


 もしかしたら姑は、一人になるのが怖いのかも知れない。しかし大嫌いな相手に気を遣いながら生活するって、一人暮らしよりも寂しくないだろうか?一緒にいれば身の回りの世話も焼かなければならず、自分の時間を嫌な相手のために使うのはけっこうなストレスだろう。


 こんなことをここでつらつら書いても、姑が読むはすはないのだが(笑)ただ、姑のような女性は私と同世代の知人にもけっこういる。そういう人たちが離婚しないのはきっと各々色んな理由があるのだろうが、最終的に自分の人生に責任を持つのは自分なのだから、パートナーがいやでしょうがないと思ってしまったら、潔く別れた方がいいと思う。


 たとえどんなに貧乏しても、孤独を感じても、嫌いな人と我慢して一緒にいるよりはマシ。一人での寂しさは底が知れている。しかし二人でいる時に感じる寂しさは底なしだ。過去も現在も未来も、自分の人生の全てを否定したくなるほどに。