栄に「殴られ屋」がいた。


 「僕は殴られ屋です。僕を殴ってストレス解消して下さい。僕が怪我をしても失神しても、あなたには一切責任がありません。男性は一回3500円、女性は700円です。」


 と書いたプラカードを持って客引きをしていた。背ばかり高くてヒョロヒョロで、まだあどけなさの残る顔。年は22だと言う。


 一体何の因果でこんな危険な商売を始めたのか。とても気になって、思わず声をかけた。


 彼は元ボクサーだと言う。だから殴られることには慣れているし、グローブも付けるから大丈夫です、と言う。よく見ると後ろに簡易リングらしき物が作ってある。



 危険な商売だよ?まだ若いんだから、違う仕事すればいいのに。


 あ~してますよ。昼間は違う仕事してます。夜だけこれやってるんです。


 東京にも「殴られ屋」っていたよね。韓国映画化のモデルになった人。借金返すために殴られてた・・・


 ご存知なんですか?あの人殴られすぎて、頭がパーになったらしいですよ。


 え、そうなの?今どうしてるの?


 ホームレスになってるらしいです。結局借金も返せなかったって・・・


 そうなんだ・・・ねぇ、君は大丈夫?こんなことして・・・よっぽどの事情があると思うけど。


 はい、僕も借金あるんで・・・



 借金、と彼は言った。たった22歳で、殴られ屋までやって返さなきゃならない借金って、一体いくらなのか。相当切羽詰った状況であることは間違いない。


 何だか彼を見ているのが辛くなって、私はその場を離れた。歩きながら、何故か涙が溢れた。安っぽい同情心かも知れないが、彼のために何がしてやれるだろうと考えて、何もしてやれないことに気づき、自分の無力さが情けなくて涙が出た。


 おそらく私が彼のためにしてやれる最良のことは、700円払って彼を殴ってやることだ。しかし、そんなことはどうしてもする気になれなかった。


 私は偽善者に違いない。