GW最終日に夫と喧嘩をした。原因は些細なことだったが、二三日冷戦状態が続いた。
もっとも、夫の方は早々と気持ちの切り替えができており、意地を張り続けたのは私だけだったのだが。冷戦中私はろくに口をきかず朝起きず、弁当も作らなかった。夫は寂しそうな顔をして一人で朝ごはんを食べて、いってきますと仕事に出掛けた。
自分のやってることがモラハラかも知れないと反省し、結局謝って仲直りした。いつもと変わらない日常が戻った。喧嘩中はストレスで眠れず食べられず、しばらくその後遺症で体調が悪かった。
夫と喧嘩する度に私は思い詰め、もう一緒にやっていけないかもと思い込んで離婚まで考えてしまう。これは私の心のクセだ。たかが夫婦喧嘩でなぜそこまで思い詰めるのか理解に苦しむと人は言う。私もそう思う。
相手に求め過ぎるのがいけないのか、夫と私の相性が悪いのか、私が極端な思考の持ち主なのかは分からない。でもいつも結局仲直りし、別れずに現在に至っている。
子供のいない私たちは、お互い嫌いになったら一緒にいる理由がない。私自身、相手に愛情を持てなくなったら一瞬でも一緒にいたくないと思うタイプだ。だから喧嘩をして、例え一時的にでも相手のことがイヤになったらものすごく不安になってしまう。なぜ不安になるのかと言えば、結局は臆病なのだろう。妙に潔癖な癖に、一人ではいられないから、いざ離婚という事態になったら怖くなると思う。でも嫌いな相手とは一緒にいられない・・・そこに葛藤が生まれる。
私にとって夫婦喧嘩とは、自分の気持ちと覚悟を試す儀式のようなものかも知れない。「この人をまだ好きか」「一緒にいたいと思うか」「もう別れるべきなのか」を自問自答する機会なのだ、きっと。ちなみに今回は、「もしこのまま夫が死んだら」と想像したら涙が出たので、まだ好きなんだと自覚できた。
好き合って一緒になったはずなのにこんな風に考えてしまうのは、根底に根強い人間不信があるからだ。自分の選んだ相手をとことん信頼できないとは、つくづく寂しい人間だと思う。しかし、私は今日あるものが明日も存在するとは、到底思えない人間なのだ。夫婦の愛情も、関係に胡坐をかくのではなく、常に見直し、刷新していなければ、知らないうちに消えてなくなってしまう。そういうことが起こりうるのだと、両親の姿を見て体験的に知っているからそう思えるのだ。
私みたいな女はきっとしちめんどくさくて、男性から見ると扱いづらいのだろう。夫はこんな私とよく13年も我慢していると思う。夫のように大らかな男性でなければ私の相手は務まらないのかも知れない・・・。
こんな風に理屈っぽいことを考えつつ、関係の悪化と改善を繰り返してこれからもやっていくのかも知れない。つくづく難儀な性格だな、私。