ソヨナ オレマンガニャ~ チャリッソッソ? ナ ソヨニ チョンマル マンナゴシッポッソ~ (´∀`)
と私が覚えたての韓国語でたどたどしく話しかけると、ソヨンは
ナド マニマンナゴシッポッソヨ~ (*^ー^)
と言い、にっこり笑った。(ちなみに上記の会話・・・「ソヨンちゃん久し振り~元気だった?ソヨンちゃんにホントに会いたかったよ~」「私もすごく会いたかったです」って意味。)
イ ソヨンは8歳の女の子。顔が小さくて痩せている。笑うと目が線になる。まだヘギョン一家が日本に住んでいた頃からの付き合いだから、会ってもう4年以上になる。私にとてもよく懐いていて、帰国して何年も経つのに、私のことだけは未だに忘れないらしい。日本語はもう、完全に忘れてしまったが・・・。
それでも2年前に来た時は、私が日本語で話しかけるとちゃんと日本語で帰って来たのに、今ではさっぱりだ。私の言うことは理解しているらしいが・・・私が日本語で話しかけ、ソヨンは韓国語で返している。お互い言葉は通じないのに、コミュニケーションが成立しているのが不思議だ。( ̄_ ̄ i) 相手が子供だからなのだろうか。それとも言葉の役割なんて、実は大したことないからなのか。
なぜかソヨンは、旅行用のキャリーバッグを引きずっている。ヘギョンに聞くと、これがこっちの子の流行なんだそうだ。韓国にはランドセルが無く、手提げカバンで通学している。そのため荷物が重くなると、キャリーバッグの方がラクだから、いつしかこれが流行り始めたのだそうだ。引きずって歩くから却ってジャマになりそうな気がするが・・・。
ソヨンの荷物を置いてから、近所のプルコギレストランへ行った。こちらのプルコギは日本で食べる焼き肉とは、大きく違う。こっちのは鉄板焼きというより、すき焼きに近い。浅い鍋に汁を入れ、肉や野菜を煮る。そしてにんにくとテンメンジャンを沿え、サンチュやエゴマの葉に包んで食べる。3人分のはずなのにやけに量が多く感じるのは、野菜がたっぷり入っているからだろう。その他にも数種類のキムチを、パンチャンと呼ばれる韓国のお惣菜と、ご飯が付いて来る。これだけでおなかいっぱいになりそうである。
「お姉ちゃん、地震は大丈夫でしたか?」ヘギョンは能登半島地震のことを心配していた。「大丈夫だよ。こっちは震度3だったし。全然影響なかったよ。」「でも・・・阪神大震災の時は愛知の方もかなり揺れたって・・・」「ああ、あの時は震度4だったかな。でも全然大丈夫だったよ」「地震のニュース見て、心配しました・・・」
日本で地震が起こると、韓国でも報道される。しかも、かなり大げさに報道されているっぽい。今回の地震もそうだが、阪神大震災の時などは、日本が全滅したかのように報道されたらしい。ものすごい風評だな、それ。地震の無い国にとって地震というのは、恐怖そのものだ。だからいきおい、大げさに扱ってしまうのだろう。日本人なら震度3くらいの地震で動じることはない。考えてみればすごいことかも知れない。たまたま地震大国に住んでいて、地面が揺れることに慣れてしまったからだろう。そういえばちょっと前、プサンで震度3の地震があった時、パニックが起きたとか。地震に慣れていなかったらそうなってしまうだろう。日本人が特異なのかも知れない。
「もし韓国であんな地震があったら・・・考えただけで眠れなくなります」そりゃそうだろう。韓国のほとんどの建物は、耐震構造になっていない。(姉歯物件どころの騒ぎではない)ソウルには高層マンションが密集して立ち並ぶ。もし大地震が起こったら、真ん中からポッキリ折れて一巻の終わりになりそうである。
「カバコサンカバコサン(*^ー^)」 そんな話をしている間も、ソヨンがまつわりついて来る。彼女には、地震などどうでも良い。