彼女は21歳の時、激しい恋に落ちた。しかし両親に交際を反対されてしまった。相手の男性が不治の病に犯されていたからだ。思いつめた彼女は家を飛び出し、その男性の元に転がり込んだ。双方の両親の大反対を押し切って二人は結婚し、1児をもうけたが、病気が悪化した夫は30前に帰らぬ人となった。彼女はたった25歳の若さで未亡人となり、その後独身を通して50余年、寡婦のまま今年80になる。まるでドラマのような話だが、実話である。彼女とは、私の知り合いのお婆さんのことだ。
夫を亡くして以来再婚こそしなかったものの、若くて綺麗だった彼女は、たくさんの男性から言い寄られた。そしてその内の何人かとは、恋を楽しんだ。周囲からは再婚を勧められたが、誰とも結婚せず、適度に恋愛をしながら、一人息子を女手一つで育てた。老境に入ってからも男性は常にいたが、さすがにここ数年は次々と他界して行ったので、現在の心の恋人は木村拓哉である。
そう、彼女は若い男が好きなのだ。だからキムタクに入れあげている。毎週かかさず「スマスマ」を見、「武士の一分」も公開日に見に行った。「やっぱり木村さん(注:キムタクのこと。木村の爺さん、ではない)が一番」なのだそうだ。「年甲斐もない・・・」という声が聞こえてきそうだが、一向に気にしない。自宅にはポスターまで貼っている。おそらく日本で最高齢のキムタクファンだろう。
もしかすると彼女はキムタクに、亡き夫の面影を見ているのかも知れない。ご主人がキムタク似だったかどうかは不明だが。遺影の中の夫は永遠に29歳の若い姿のままだ。彼女も夫のことを思う時、心は25歳の若い女性に戻ってしまうのだろう。たとえ現実の姿は80歳の老婆だとしても。だから孫のような年齢の男に、ときめきを感じられるのだ。彼女にとって最愛の人は、やはり29歳で亡くなったご主人なのだ。
自分はすっかりお婆ちゃんになってしまったけれど、愛する人はいつまでも若い姿でいる・・・。自分の身に置き換えて考えてみると、何だか切なくなってくる。仮に夫が今死んだら、永遠に40歳だ。私はどんどん年を取り、夫の年齢を追い越し、いつしか皺だらけの老婆になるのだ。遺影の中の夫はいつまでも若いまま微笑んでいる・・・そんなのって堪らない。
私は夫が死んだら、その2年以内に必ず死にたい。私と夫の年齢差が2歳だからだ。夫より年上になって、生き永らえたくない。だから夫には、できるだけ長生きして欲しい。