諦めていたものの、やはり民主党の選挙戦術・・・民主党の党勢とはこんなものだ。
浅野の実績は下記の通り。
①情報公開政策No,1
②他府県にトップの座を奪われたときの戦術で、県警への執拗情報公開をせまり、顰蹙をかった。
③底なしの入札制度=低入札でしか受注できないシステムの構築に成功し、地元企業の経営が窮地に陥った。
④福祉畑の人間であるが福祉施設の解体を決行し、これも宮城県財政改革の一環であった。本末転倒である。
⑤前仙台市長と結託し、宮城県議会棟後方に「南朝鮮の領事館」を今年2月に開館させた。2月22日竹島の日には街宣車が出走し、前知事の所業と断りを入れながらも、抗議されていた。ご苦労様。
余談だが、前仙台市長が進めていたチャイナタウン構想は、現市長がボツ案にした。当然である。
浅野氏は所謂在日や共産支那、朝鮮人には福祉を十二分にすると思われるので、注意されたし。
っていうか、人種の坩堝である東京都で知事が務まる筈がない。
結局浅野氏は情報公開しか能が認められないのだが・・・みなさん勘違いし過ぎ。
笑顔で「民主党躍進パーティーイン東京」に臨む菅直人民主党代表代行(左)と円より子同東京都連会長=東京都内のホテルで28日午後6時38分、竹内幹撮影
■<都知事選>出馬前向な浅野氏巡り民主党は分裂状態
2月28日23時47分配信 毎日新聞
4月の東京都知事選に向け独自候補擁立を進めてきた民主党は、結論を出せないまま、人選期限に設定していた28日を迎えた。この日、出馬に前向きな姿勢を示した浅野史郎前宮城県知事(59)への対応を巡って、候補者選考を進める都連幹部4人の意見は真っ二つに割れた。候補者お披露目を予定していた都連パーティーでは、出席者から落胆の声も漏れた。3月22日の告示まで3週間。民主党の迷走は続く。
「党外、党内に石原都政を倒すと言う人が複数いて、最終局面の調整をしている。今しばらく名前は伏せさせていただきたい。必ず対立候補を立て、一致団結して……」。28日夕から都内のホテルで始まった民主党都連のパーティー。約2000人の出席者を前に、都連会長の円より子党副代表が候補者人選の経緯を説明すると、「気合入れてやれよ」とヤジが飛び、ため息に包まれた。「この党じゃ頼りにならない」と早々と会場を後にする出席者もいた。 民主党の候補者人選は菅直人代表代行、円都連会長、小川敏夫都連幹事長(参院幹事長)、田中良都議団幹事長の4人で進めてきた。同日昼、パーティーを前に行った最後の会談は、菅氏を巡り激しい応酬が展開された。背景には、円氏と田中氏が党内候補を求めたのに対し、菅氏側が浅野氏擁立に動いたことへの反発がある。 会談で、小川氏が「(菅氏の)包囲網を仕掛けた」と円氏、田中氏を批判。円氏側は「本来、出るべきは菅さんだ」と追及した。菅氏は終始、無言だったという。結局、菅氏と小川氏は浅野氏出馬に期待する考えを示し、円氏と田中氏は海江田万里前衆院議員を念頭に党内からの人選継続を強く主張、会談は物別れに終わった。 パーティーで菅氏は、都議会で石原慎太郎知事を追及した田中氏を持ち上げつつ、「私自身も期待をいただいたが、民主党政権を作るため国政でやっていく」と出馬を改めて否定した。 こうした動きに、連合東京の遠藤幸男会長はあいさつで「全体が一緒の目標を持って、全員で団結してほしい」と苦言を呈した。海江田氏は無言のまま退席した。 小沢一郎党代表はこの日福井市で「4人の選考作業の結論を待って判断したい」と語り、静観する構えだ。 渦中の浅野氏は28日昼過ぎ、記者団に対応。リップスティックを唇に塗って、ひょうひょうと語り始めた。「今、考え始めたんですね。真剣に出馬の要請を受け止めていきたいと」。一度は断った民主党の打診と市民団体の出馬要請を、自分の心の扉をたたくノックに例え、「最初はかすかな音でよく聞こえなかったが、(今は)ドンドンという音で聞こえてきている。かなり心のドアに響いてきたということですね」と能弁に語った。 石原知事は浅野氏について「なんで宮城から東京に来るか分からないけど」とコメントしている。 |
最終更新:3月1日9時43分
当の浅野氏はというと
東京都知事選に立候補する決意を固めた前宮城県知事の浅野史郎氏=28日午後、東京都千代田区
浅野氏、都知事選出馬へ 来週にも表明 石原氏に挑戦
前宮城県知事の浅野史郎氏(59)が28日、東京都知事選(3月22日告示、4月8日投票)に立候補する意思を固めた。都内で記者団に対し「まじめに真剣に考えたい。フリーズ(凍結)が解けてきている」と述べ、立候補する意欲を明らかにした。来週早々にも正式に表明する見通し。
民主党は都知事選で浅野氏を支援し、独自候補の擁立を見送る方針。これにより首都決戦は、自民党の支援を受けて3選を目指す石原慎太郎知事(74)に、民主党支援の浅野氏が挑む構図を軸に展開されそうだ。
浅野氏は同日、都内であった日本フィランソロピー協会贈呈式の前に、報道陣の取材に応じた。立候補に向けた障害は「いっぱいある」と強調しながらも、「やっていこうという方向に足を踏み出していきつつある」と前向きな姿勢を鮮明にした。
民主党から選挙で支援を受けるかどうかについては、「そこまで考えていない」と言及を避けた。宮城県民に対しては「裏切りだと思われるかもしれないが、宮城や東京だけではなく日本全体の問題だと突き付けられた」と理解を求めた。
浅野氏は2月、石原知事の対立候補擁立を進める民主党から立候補の打診を受けたが、固辞。その後、市民グループが立候補の要請を繰り返し、25日の集会には浅野氏本人が出席し、立候補に含みを持たせる発言をしていた。
都知事選ではこれまで石原氏と、共産党推薦の元足立区長吉田万3氏(59)、建築家の黒川紀章氏(72)の3人が立候補を表明している。
浅野氏は仙台市出身、東大法学部卒。厚生省生活衛生局企画課長だった1993年11月、同省を辞職して、ゼネコン汚職に伴う出直し宮城県知事選に立候補し、初当選。3期12年を務め、2005年11月に退任した。任期中は徹底した情報公開によって食糧費不適正支出・カラ出張問題の解決に取り組んだ。現在、県社会福祉協議会会長、慶応大教授、東北大客員教授を務めている。
◎浅野氏一問一答/フリーズ解けてきた
浅野史郎氏は28日、東京・内幸町の日本プレスセンタービルで報道陣の取材に応じた。主なやりとりは次の通り。
―都知事選で発言したフリーズ(凍結)という状態は解けたか。
25日(の集会参加時)は市民の方々の思いを受け止めて言葉が出ない状態だった。そういう思いを私も真剣に受け止めなくちゃいけないんじゃないかと思いつつある。少しフリーズが解けてきている状態だ。まじめに、真剣に出馬の要請を受け止めていきたいということ。
―これまで(都知事選に出馬する)必然性がないと言っていたが。
必然性というのは私にとって自分の中の心の声みたいなもの。私の戸口をトントンとたたかれたノックの音が、最初はかすかな音でよく聞こえなかったが、かなりドンドンという声で聞こえてきている。じゃあやっぱり戸を開かなくちゃいけないかな、という具合に思い始めている。
―民主党については。
民主党からの打診以降、私から民主党に話をするとか、話を聞くとかということはなかった。例えば民主党で独自の候補を探しているということだが、その方が出られれば私の出る幕はもちろんないだろうと思う。
―民主党のスケジュールを考慮したのか。
スケジュールは私の頭には全くない。25日の市民の皆さんの場がすごく心に残り、2日たって3日たって、あらためて自分の心の声をのぞいてみたということ。
―石原都政の現状をどう考える。
「ちょっと勘弁してくれ」という市民の声がそもそも私に寄せられた。私でなくても良かったのかもしれないが、声はかなり入ってきている。
―出馬の障害は。
障害というか、条件はいっぱいある。心の声を聞いてやっていこうという方向には足を踏み出していきつつある。
―これからの出馬表明で間に合うか。
一般論で言って、間に合う。
―都知事の持つ重み、意義とは。
やっぱりすごく大きいと思う。格が上というか、状態が違う。日本そのものという感じがする。
―石原さんに勝つつもりで出馬するのか。
一般論だが、そうでない人はいないと思う。
―出馬表明は早ければ来週になるのか。
そうですね。
◎浅野氏の「出馬」歓迎 民主都連、支援に前向き
前宮城県知事の浅野史郎氏(59)が28日、4月の東京都知事選に立候補する意思を固めたことに対し、この日を候補擁立のタイムリミットとしていた民主党東京都連(円より子会長)が同夜、都内のホテルで開いた「躍進パーティー」では、浅野氏の出馬意欲を好意的に受け止める声が大勢を占めた。
菅直人代表代行は取材に対し「(浅野氏は)47都道府県で最も透明性の高い県政を行っていた。都政に最も求められている政治課題こそ透明性だ。浅野さんの動向を注視したい」と高く評価。民主党支援の有無については「まだ仮定の話には答えられない。いろんな可能性がある。遠くない時期に結論を出したい」と浅野氏を支援していく考えをにじませた。
元首相の羽田孜党最高顧問は「党内から出せる状況ではない。どうしても勝たなければならない戦いであり、浅野氏は支援するにはふさわしい人物だ」と評した。
一方、党内から独自候補擁立を目指した円会長はあいさつで「今、党内外に本当に石原都政を倒す、都民のための政治をするという人が複数いて、最終局面の調整をしている。必ず候補を立たせる」と述べ、浅野氏の件に触れなかったものの党外の候補者支援の可能性を示唆した。
松原仁衆院議員(東京3区)は「石原都政を終結させることが目標。浅野氏は同じ方向の選択肢だ。『都民党』として幅広く浅野氏を支えることもあり得る」と述べた。
一方、民主党の鳩山由起夫幹事長は同日の取材に対し、浅野氏が立候補する場合、党の独自候補擁立を見送る考えを示し、「浅野さんの考えを早くまとめてもらい、必要なら党が行動することになる。浅野さんはわれわれにとってふさわしい候補」と語った。
◎小沢民主代表が出馬に期待示す
前宮城県知事の浅野史郎氏が、東京都知事選への立候補に意欲を示したことを受けて、民主党の小沢一郎代表は28日、福井市内で記者会見し、「今の政治の体制や体質について、これではいけないと考えている方であれば十分に連携できる」と述べ、浅野氏が立候補を決めた場合は独自候補の擁立を見送り、支援する考えを示した。
小沢代表は浅野氏について、「人柄は承知していないが、石原慎太郎知事とは政治的な思想や手法を異にするのではないか。(候補者は)何が何でも民主党生粋で、と言っているわけではない」と期待を示した。
鳩山由紀夫幹事長は都内で記者団に「決断は早いと思う。静かに見守っていく」と述べた。
一方、社民党の福島瑞穂党首は宇都宮市内で会見し、「出馬すれば応援する。石原都政打倒のため頑張る」と浅野氏を支援する考えを明言した。
◎「強い相手でない」 黒川氏が発言
東京都知事選に立候補する意向を表明した建築家の黒川紀章氏は28日、出馬に前向きな姿勢を示した前宮城県知事の浅野史郎氏について、都内で記者団に対し、「強い相手じゃない」と発言した。「浅野氏とは首都機能の移転については一致しているし、昔から知っている仲間」とも述べた。
前宮城県知事の浅野史郎氏(59)が28日、東京都知事選(3月22日告示、4月8日投票)に立候補する意思を固めた。都内で記者団に対し「まじめに真剣に考えたい。フリーズ(凍結)が解けてきている」と述べ、立候補する意欲を明らかにした。来週早々にも正式に表明する見通し。
民主党は都知事選で浅野氏を支援し、独自候補の擁立を見送る方針。これにより首都決戦は、自民党の支援を受けて3選を目指す石原慎太郎知事(74)に、民主党支援の浅野氏が挑む構図を軸に展開されそうだ。
浅野氏は同日、都内であった日本フィランソロピー協会贈呈式の前に、報道陣の取材に応じた。立候補に向けた障害は「いっぱいある」と強調しながらも、「やっていこうという方向に足を踏み出していきつつある」と前向きな姿勢を鮮明にした。
民主党から選挙で支援を受けるかどうかについては、「そこまで考えていない」と言及を避けた。宮城県民に対しては「裏切りだと思われるかもしれないが、宮城や東京だけではなく日本全体の問題だと突き付けられた」と理解を求めた。
浅野氏は2月、石原知事の対立候補擁立を進める民主党から立候補の打診を受けたが、固辞。その後、市民グループが立候補の要請を繰り返し、25日の集会には浅野氏本人が出席し、立候補に含みを持たせる発言をしていた。
都知事選ではこれまで石原氏と、共産党推薦の元足立区長吉田万3氏(59)、建築家の黒川紀章氏(72)の3人が立候補を表明している。
浅野氏は仙台市出身、東大法学部卒。厚生省生活衛生局企画課長だった1993年11月、同省を辞職して、ゼネコン汚職に伴う出直し宮城県知事選に立候補し、初当選。3期12年を務め、2005年11月に退任した。任期中は徹底した情報公開によって食糧費不適正支出・カラ出張問題の解決に取り組んだ。現在、県社会福祉協議会会長、慶応大教授、東北大客員教授を務めている。
◎浅野氏一問一答/フリーズ解けてきた
浅野史郎氏は28日、東京・内幸町の日本プレスセンタービルで報道陣の取材に応じた。主なやりとりは次の通り。
―都知事選で発言したフリーズ(凍結)という状態は解けたか。
25日(の集会参加時)は市民の方々の思いを受け止めて言葉が出ない状態だった。そういう思いを私も真剣に受け止めなくちゃいけないんじゃないかと思いつつある。少しフリーズが解けてきている状態だ。まじめに、真剣に出馬の要請を受け止めていきたいということ。
―これまで(都知事選に出馬する)必然性がないと言っていたが。
必然性というのは私にとって自分の中の心の声みたいなもの。私の戸口をトントンとたたかれたノックの音が、最初はかすかな音でよく聞こえなかったが、かなりドンドンという声で聞こえてきている。じゃあやっぱり戸を開かなくちゃいけないかな、という具合に思い始めている。
―民主党については。
民主党からの打診以降、私から民主党に話をするとか、話を聞くとかということはなかった。例えば民主党で独自の候補を探しているということだが、その方が出られれば私の出る幕はもちろんないだろうと思う。
―民主党のスケジュールを考慮したのか。
スケジュールは私の頭には全くない。25日の市民の皆さんの場がすごく心に残り、2日たって3日たって、あらためて自分の心の声をのぞいてみたということ。
―石原都政の現状をどう考える。
「ちょっと勘弁してくれ」という市民の声がそもそも私に寄せられた。私でなくても良かったのかもしれないが、声はかなり入ってきている。
―出馬の障害は。
障害というか、条件はいっぱいある。心の声を聞いてやっていこうという方向には足を踏み出していきつつある。
―これからの出馬表明で間に合うか。
一般論で言って、間に合う。
―都知事の持つ重み、意義とは。
やっぱりすごく大きいと思う。格が上というか、状態が違う。日本そのものという感じがする。
―石原さんに勝つつもりで出馬するのか。
一般論だが、そうでない人はいないと思う。
―出馬表明は早ければ来週になるのか。
そうですね。
◎浅野氏の「出馬」歓迎 民主都連、支援に前向き
前宮城県知事の浅野史郎氏(59)が28日、4月の東京都知事選に立候補する意思を固めたことに対し、この日を候補擁立のタイムリミットとしていた民主党東京都連(円より子会長)が同夜、都内のホテルで開いた「躍進パーティー」では、浅野氏の出馬意欲を好意的に受け止める声が大勢を占めた。
菅直人代表代行は取材に対し「(浅野氏は)47都道府県で最も透明性の高い県政を行っていた。都政に最も求められている政治課題こそ透明性だ。浅野さんの動向を注視したい」と高く評価。民主党支援の有無については「まだ仮定の話には答えられない。いろんな可能性がある。遠くない時期に結論を出したい」と浅野氏を支援していく考えをにじませた。
元首相の羽田孜党最高顧問は「党内から出せる状況ではない。どうしても勝たなければならない戦いであり、浅野氏は支援するにはふさわしい人物だ」と評した。
一方、党内から独自候補擁立を目指した円会長はあいさつで「今、党内外に本当に石原都政を倒す、都民のための政治をするという人が複数いて、最終局面の調整をしている。必ず候補を立たせる」と述べ、浅野氏の件に触れなかったものの党外の候補者支援の可能性を示唆した。
松原仁衆院議員(東京3区)は「石原都政を終結させることが目標。浅野氏は同じ方向の選択肢だ。『都民党』として幅広く浅野氏を支えることもあり得る」と述べた。
一方、民主党の鳩山由起夫幹事長は同日の取材に対し、浅野氏が立候補する場合、党の独自候補擁立を見送る考えを示し、「浅野さんの考えを早くまとめてもらい、必要なら党が行動することになる。浅野さんはわれわれにとってふさわしい候補」と語った。
◎小沢民主代表が出馬に期待示す
前宮城県知事の浅野史郎氏が、東京都知事選への立候補に意欲を示したことを受けて、民主党の小沢一郎代表は28日、福井市内で記者会見し、「今の政治の体制や体質について、これではいけないと考えている方であれば十分に連携できる」と述べ、浅野氏が立候補を決めた場合は独自候補の擁立を見送り、支援する考えを示した。
小沢代表は浅野氏について、「人柄は承知していないが、石原慎太郎知事とは政治的な思想や手法を異にするのではないか。(候補者は)何が何でも民主党生粋で、と言っているわけではない」と期待を示した。
鳩山由紀夫幹事長は都内で記者団に「決断は早いと思う。静かに見守っていく」と述べた。
一方、社民党の福島瑞穂党首は宇都宮市内で会見し、「出馬すれば応援する。石原都政打倒のため頑張る」と浅野氏を支援する考えを明言した。
◎「強い相手でない」 黒川氏が発言
東京都知事選に立候補する意向を表明した建築家の黒川紀章氏は28日、出馬に前向きな姿勢を示した前宮城県知事の浅野史郎氏について、都内で記者団に対し、「強い相手じゃない」と発言した。「浅野氏とは首都機能の移転については一致しているし、昔から知っている仲間」とも述べた。
2007年02月28日水曜日
地元ではこんな声もある。私も同感だ。
「フリーズ(凍結)は解けてきている」。前宮城県知事の浅野史郎(59)が28日、東京都知事選に向け動きだした。かつて無党派層を引きつけた改革派知事が、4年前に300万票を集めた首都の巨人・石原慎太郎(74)に挑む決意だ。浅野を揺さぶり、決断に向かわせたのは何だったのか―。その舞台裏では、14年前、無名の中央官僚を担ぎ出し、ゼネコン汚職事件後の宮城県知事選で勝利させた“戦友”たちの激しい説得があった。
「知事は卒業した」。民主党からの都知事選出馬打診が明らかになった2月中旬、浅野ははっきりと立候補を否定した。過去に浅野陣営にいた会社役員は「本人はまったく考えていなかった」と言い切る。
揺れ始めたのはここ1週間。「感激して言葉がない」(25日の市民集会)、「まだ切符は買っていない」(27日、自宅前で)、「大人の対応をしなければいけない」(同日の講演後)―。発言は日替わりになった。
1993年の宮城県知事選支援者たちが接触を続けた。「今のハッピーな暮らしでいいのか」。テレビのコメンテーター、大学教授と多方面で活躍する浅野に、政治の世界への復帰を促した。
ある福祉団体代表は官僚、知事と立場を変えても、浅野が常に「行動規範」としてきた言葉で迫ったという。
「断る理由は百ある。やる理由を見つけなさい」。公平の見地、法律論などを持ち出し、常にできない理由を挙げ、一歩も踏み出さない「役所仕事」を戒めた旧厚生省時代の上司の言葉だ。
民主党が候補者選びで混迷する状況も浅野包囲網を狭めた。
「必然性がない」と、検討する素振りすらなかった浅野。だが、25日の都内の市民集会で、次々にマイクを握り、出馬を促す人々の姿に、「表情が変わった。理由はこんなにあったのだから」(会社役員)という。
浅野は28日、「真剣に考えたい」と記者団に強く意思表示した。20分後、けん騒がおさまってから、河北新報社の取材に応じた。「宮城や東京だけではなく、日本全体の問題だと突きつけられた。好き勝手できる一人の人生ではないと。あんたしかいないというのは意義あることだ」
99年の2度目の知事選。政党の推薦を受けない無党派選挙を実践し、当時の二大政党だった自民、新進両党相乗り候補を破った「宮城の乱」。支援者には再来への強い期待がある。
「なぜ東京なのか」。石原が26日、浅野擁立の動きをけん制した発言は、多くの都民の素直な疑問でもある。浅野を官僚時代から知る福祉関係者は「もう後戻りはない。だが、踏み出すためには、明快な答えが必要だ。そのためには、まだ数日要る」。浅野が答えを見つけた時、首都決戦の幕が上がる。(敬称略)
◎「改革に期待」「言行不一致」 県政界に評価と不快感
浅野史郎前知事が東京都知事選に立候補する意向を固めた28日、県政界には驚きが広がった。浅野氏を支えた関係者は宮城県知事の3期12年を評価し、都政改革に期待を寄せる。一方、「権力は陳腐化する」「知事職は卒業する」として退任し、「本籍」の福祉に戻ったはずだっただけに、「言行不一致」と不快感をあらわにする人もいた。
浅野県政下で野党だった自民党県連の中村功幹事長は「今宮城は、財政難など浅野氏が残した負の遺産で苦労している」と指摘。「これだけむちゃくちゃにして、浮かれて都知事をやりますというのは県民をばかにしている。そんなに知事がやりたいなら宮城でやればいい」と突き放した。
民主党県連の内海太選対委員長は「これまでの改革姿勢が評価され、期待が持たれたのだろう」と分析。「東京は一自治体でなく、全国の手本となる。地方分権も大きく推進されるのでは」と“浅野都知事誕生”に期待を寄せている。
「驚いた」と言うのは公明党県本部の石橋信勝代表。「宮城県知事としての豊富な実績があり、それを踏まえてのことだと思う」と話した。
共産党県委員会の横田有史副委員長は、開口一番「宮城の恥」と手厳しい。「浅野氏は宮城で素晴らしい県政を行ったように見られているが、それは偉大なる錯覚。(都民には)幻想があるのではないか」と述べた。
社民党県連の岸田清実幹事長は「出馬の評価は別にして」と前置きした上で、「浅野氏は『権力は陳腐化する』と言って勇退した。福祉をやるために県社会福祉協議会の会長にもとどまった。言行に一貫性がない」と首をかしげた。
浅野氏の後継候補との激戦を制して就任した村井嘉浩知事は、「前知事が都民になるのは非常に寂しい」と冷静に答えた。ただ、県社協会長職から退く点は、「宮城の福祉をどうするのか。何の話もなく納得できない部分もある」とぶぜんとした表情を見せた。
「知事は卒業した」。民主党からの都知事選出馬打診が明らかになった2月中旬、浅野ははっきりと立候補を否定した。過去に浅野陣営にいた会社役員は「本人はまったく考えていなかった」と言い切る。
揺れ始めたのはここ1週間。「感激して言葉がない」(25日の市民集会)、「まだ切符は買っていない」(27日、自宅前で)、「大人の対応をしなければいけない」(同日の講演後)―。発言は日替わりになった。
1993年の宮城県知事選支援者たちが接触を続けた。「今のハッピーな暮らしでいいのか」。テレビのコメンテーター、大学教授と多方面で活躍する浅野に、政治の世界への復帰を促した。
ある福祉団体代表は官僚、知事と立場を変えても、浅野が常に「行動規範」としてきた言葉で迫ったという。
「断る理由は百ある。やる理由を見つけなさい」。公平の見地、法律論などを持ち出し、常にできない理由を挙げ、一歩も踏み出さない「役所仕事」を戒めた旧厚生省時代の上司の言葉だ。
民主党が候補者選びで混迷する状況も浅野包囲網を狭めた。
「必然性がない」と、検討する素振りすらなかった浅野。だが、25日の都内の市民集会で、次々にマイクを握り、出馬を促す人々の姿に、「表情が変わった。理由はこんなにあったのだから」(会社役員)という。
浅野は28日、「真剣に考えたい」と記者団に強く意思表示した。20分後、けん騒がおさまってから、河北新報社の取材に応じた。「宮城や東京だけではなく、日本全体の問題だと突きつけられた。好き勝手できる一人の人生ではないと。あんたしかいないというのは意義あることだ」
99年の2度目の知事選。政党の推薦を受けない無党派選挙を実践し、当時の二大政党だった自民、新進両党相乗り候補を破った「宮城の乱」。支援者には再来への強い期待がある。
「なぜ東京なのか」。石原が26日、浅野擁立の動きをけん制した発言は、多くの都民の素直な疑問でもある。浅野を官僚時代から知る福祉関係者は「もう後戻りはない。だが、踏み出すためには、明快な答えが必要だ。そのためには、まだ数日要る」。浅野が答えを見つけた時、首都決戦の幕が上がる。(敬称略)
◎「改革に期待」「言行不一致」 県政界に評価と不快感
浅野史郎前知事が東京都知事選に立候補する意向を固めた28日、県政界には驚きが広がった。浅野氏を支えた関係者は宮城県知事の3期12年を評価し、都政改革に期待を寄せる。一方、「権力は陳腐化する」「知事職は卒業する」として退任し、「本籍」の福祉に戻ったはずだっただけに、「言行不一致」と不快感をあらわにする人もいた。
浅野県政下で野党だった自民党県連の中村功幹事長は「今宮城は、財政難など浅野氏が残した負の遺産で苦労している」と指摘。「これだけむちゃくちゃにして、浮かれて都知事をやりますというのは県民をばかにしている。そんなに知事がやりたいなら宮城でやればいい」と突き放した。
民主党県連の内海太選対委員長は「これまでの改革姿勢が評価され、期待が持たれたのだろう」と分析。「東京は一自治体でなく、全国の手本となる。地方分権も大きく推進されるのでは」と“浅野都知事誕生”に期待を寄せている。
「驚いた」と言うのは公明党県本部の石橋信勝代表。「宮城県知事としての豊富な実績があり、それを踏まえてのことだと思う」と話した。
共産党県委員会の横田有史副委員長は、開口一番「宮城の恥」と手厳しい。「浅野氏は宮城で素晴らしい県政を行ったように見られているが、それは偉大なる錯覚。(都民には)幻想があるのではないか」と述べた。
社民党県連の岸田清実幹事長は「出馬の評価は別にして」と前置きした上で、「浅野氏は『権力は陳腐化する』と言って勇退した。福祉をやるために県社会福祉協議会の会長にもとどまった。言行に一貫性がない」と首をかしげた。
浅野氏の後継候補との激戦を制して就任した村井嘉浩知事は、「前知事が都民になるのは非常に寂しい」と冷静に答えた。ただ、県社協会長職から退く点は、「宮城の福祉をどうするのか。何の話もなく納得できない部分もある」とぶぜんとした表情を見せた。
2007年03月01日木曜日

