ノムたん、今までの自由思考の評価が出そろいましたね。おめでとう。

心置きなく逝ってよしっ。




「立派な大統領候補だったが、立派な大統領ではない」
与党集団離党組から盧大統領批判が噴出

 与党ヨルリン・ウリ党から集団離党した新党結成派の議員らは、10、11日の両日、「盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は大統領にふさわしくない」などと、盧大統領に対する辛らつな批判を繰り広げた。彼らの大多数が、前回の大統領選で盧大統領を支えたり、好意的な態度を表明してきたが、今や新党結成の大義名分を得るために、本格的な対決に打って出たのだ。

 李康来(イ・ガンレ)議員はこの日、京畿道龍仁市で集団離党組の議員23人が出席して行われた「統合新党の会」ワークショップで、「盧大統領は(2002年の前回の大統領選当時)立派な大統領候補だったが、立派な大統領かどうかとなると、資質的に問題がある。盧大統領は“わたしが政治のことを一番よく知っている。わたしのやり方で成功してきた”と過信し自慢してきた。だが、国会議員を6年、長官を8カ月務めただけで、国会での経験が足りないことを露呈しており、世間の常識とかけ離れた言動を繰り返している」と述べた。

 そして続けて「盧大統領は困難に直面すると、一言目には野党のせい、二言目にはマスコミのせい、そして三言目には与党のせいだと言う。自分の側の人間とそうでない人間とに分けて攻撃し、選挙に向けたキャンペーンをするかのように国政運営に当たっているがために、乱暴な運転状態になってしまった。全てのことを独りで決断し、必要な時だけ“党と政府の分離”を訴えてきた。十分な議論や予告もなく、突然提案を出してくるので、与党はただ従うしかなかった」と盧大統領を批判した。

 またさらに、「与党側勢力は青瓦台(大統領府)内部の左派的な386世代(1990年代に30歳代で80年代に大学に通った60年代生まれの世代)や改革党(前回大統領選当時、盧大統領支持のために結成された)出身者、当選1回の議員108人などがごちゃ混ぜになったビビンバ状態になり、彼らが盧政権の左派的な色彩をより強めた」とも述べた。

 他の議員らも「盧大統領バッシング」に加勢した。康奉均(カン・ボンギュン)議員は「改革のための改革、無意味な派閥を作って対立させる政治を行ってきた」とし、田炳憲(チョン・ビョンホン)議員は「(盧大統領の)一声で、全てが台無しになってしまった」と述べた。一方、禹済昌(ウ・ジェチャン)議員は「青瓦台が誤ったイメージを伝えたことで、全教組(全国教職員労働組合)や民主労総(全国民主労働組合総連盟)が過激になり、青瓦台の各委員会が市民団体のように間に割って入ったことが問題だった。大統領の過ちで、民主化改革という財産を売り払ってしまった」と非難した。

 このほか、「盧大統領に引きずり回された結果、こうなってしまった」(崔奎植〈チェ・ギュシク〉議員)、「盧大統領の意図が何なのか、有権者に説明するのがうまく行かなかった」(ビョン・ジェイル議員)といった発言も出た。

 この日、盧大統領批判を主導した李康来議員は、前回の大統領選当時、盧大統領陣営で鄭夢準(チョン・モンジュン)候補との候補者一本化交渉を主導し、03年の民主党分裂の際には「青瓦台を叩けば利益を得られるかのように思われているが、不適切なことだ」と主張した張本人だ。

 集団離党組のリーダーであるキム・ハンギル議員は、前回の大統領選では盧大統領の企画部門特別補佐を、また李鍾杰(イ・ジョンゴル)議員は大統領選対策企画委員を務め、またビョン・ジェイル議員は盧政権下で情報通信部長官を務めた。こうした中、「盧大統領の側近だった人たちが何も言えずに沈黙し、離党して袂を分かった後、今になって盧大統領を批判している」と指摘する声も出ている。これに対し金洛淳(キム・ナクスン)議員は「急進的な改革至上主義に染まっていた時になぜ沈黙していたのか、反省している」と述べ、ビョン・ジェイル議員も「専門家出身の議員らが傍観者になり、十分な役割を果たせなかった」と述べた。
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