防衛省が9日、スタートした。1954年に防衛庁と自衛隊が発足して以来、半世紀ぶりの大きな転機だ。
記念式典の訓示で、安倍晋三首相は「戦後レジーム(体制)から脱却し、新たな国づくりを行うための大きな第一歩となる」と述べた上、「いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか個別具体例に即して研究を進める」との考えをあらためて示した。
前のめりにならず、戦後守り続けた平和主義を堅持し、自衛隊に対する文民統制(シビリアンコントロール)を揺るぎないものにしてほしい。国際貢献についても、自衛隊の海外派遣だけでなく、外交、経済協力など、幅広い分野での総合力を発揮すべきだ。
防衛省への移行に伴い、最も大きく変わるのは、改正自衛隊法で(1)国連平和維持活動(PKO)(2)周辺事態法に基づく後方地域支援(3)国際緊急援助活動―など自衛隊の海外活動を「付随任務」から「本来任務」に格上げしたことだ。
自衛隊の海外派遣は、1991年の湾岸戦争後のペルシャ湾への掃海艇派遣を契機に、カンボジア、モザンビーク、ゴラン高原、東ティモールでのPKO、インド洋への海上自衛艦派遣、陸自のイラク復興支援など、たて続けに行われてきた。
「付随任務」の「本来任務」への格上げで、海外派遣は「機動的に対応できる」(安倍首相)とされ、これまでテロ対策特別措置法やイラク復興特措法など、海外派遣に際し1回ごとにつくってきた特措法に代えて、恒久法を制定しようとする動きも自民などで高まっている。その際には、限定されていた自衛隊の武器使用の見直し論議も起きてこよう。
さらに、自衛隊の海外派遣が増え、米軍との共同行動の機会が多くなれば、憲法解釈で認められていない集団的自衛権の行使につながる恐れもある。
集団的自衛権の行使は、とりもなおさず戦争に巻き込まれる危険性の増大を意味し、首相の個別具体例の研究も抑制的、限定的でなければならない。
自衛隊は、国内はもとより、2004年のスマトラ沖大地震のような大規模災害時の派遣などで地道な実績を重ねて信頼を築くとともに、憲法9条のもと、海外で武力行使をしないことを忠実に守ってきた。
それは、60余年前のあの戦争の反省の流れのもとに、防衛を担当する役所は「省」でなく「庁」とし、防衛に当たるのは「軍」ではなく、「隊」として厳しい制約を課した背景がある。こんな姿勢が、紆余(うよ)曲折はあったにしても、アジア諸国との信頼関係をつなぎとめた一面もある。
防衛省のスタートに当たり、政府は、各国に対し、軍事大国にならないことをよくよく説明し、また行動で示さなければならない。
そして憲法9条があったからこそ、歯止めがかかった局面が多いことも忘れてはなるまい。防衛省発足を機に、平和の大切さをあらためて考え直したい。
2007年01月10日水曜日
朱書き部分が河北新報として言いたいことなんだろうな。
まあ今回は弱めの電波社説ですな。
「憲法第9条」が2回もでてきますが、河北新報もそうですが、左思考の人間は得てして自己中心的思考をする。
中韓から9条を堅持するよう圧力を受け、マスゴミは「それみたことか」と中韓の代弁者、工作機関として大躍進してきた。
それが国際的に日本の立場・・・主権国家としての存在を悪くしてきた。
防衛とは国民の生命・財産を守ることだ。
守るということは、隣国からの攻撃に「対応」出来ることだ。対応出来なければ意味がない。周辺に軍備拡張国があるのだから、それに見合った軍備をすることは当然である。
戦後60年、憲法9条があったから平和だったのではない。
国際的に「主権国家」として、相手にされていなかっただけなのだ。気が付けよ、ボケッ。