高井潔司(北海道大学教授)

たかいです。

さくぶんをかきました。みんなでみてください。



中国を読み解く視点(26)-高井潔司(北海道大学教授・サーチナ総合研究所客員研究員)

 安倍新首相の中国訪問が実現し、日中両国にとって懸案だった首脳の往来が5年ぶりに回復した。よく知られているように、安倍首相は、歴史認識の問題においても、台湾問題においても、小泉前首相より遥かに中国から距離を置いてきた。その意味では“安倍サプライズ”と言えるのかもしれない。だが、日中関係の「客観的な重要性」から言って、むしろ首脳の往来や会談は自然の流れでもあった。首脳会談が復活したこともさることながら、それ以上に大事なことは「戦略的互恵関係」という、従来の「友好協力パートナーシップ」と比べて一層レベルアップした関係の構築を確認したことだといえよう。

◆まだまだ不透明な首脳会談実現の舞台裏

 安倍首相自身の対中観については、新首相の政策を示した『美しい国へ』を材料に、小泉前首相以上に厳しい姿勢であることは前々回のコラムで紹介した。だが、その一方で、小泉前首相より党内の政治的基盤は弱く、また大衆的な人気も低いため、小泉外交ほど独善的な手法は取れず、対中政策においても何らかの歩み寄りをせざるを得ないことも十分予測できた。

 ここまで早いペースの対中改善となったのは、来年の参院選挙をにらみ、一層の政権浮揚策を狙った結果であろう。早晩、取り組まざるを得ないのなら早ければ早いほど効果がある。一方、中国側にとっても、一層の経済の発展や政治の安定にとって、対日関係の改善は不可欠だった。胡錦涛国家主席の外交政策はもともとこの点を十分認識しており、日本の一部評論家が描く「反日で生き延びる中国」などは、全くの空想の産物だった。先の汚職を理由とした上海市党委員会書記の解任によって、対日改善の大きな障害だった江沢民前国家主席の影響力を削ぎ、関係改善の環境が整っていたといえよう。

 日本の各紙が伝えているように、これまで関係改善のための最大の障害であった靖国参拝問題で最終的な決着を見たわけではない。靖国問題に関する安倍首相のあいまいな姿勢は続いている。その意味では、思惑の一致とすれ違いが相半ばしているともいえる。ただ公表できないが、靖国参拝について、中国側が何らかの言質を安倍首相サイドから得ているのは確実と推測できる。靖国問題に対する自らの姿勢を公表していないわけだから、安倍首相にとっても、縛りを受けないのだろうが、もし将来参拝ということになれば、当然、今回の改善策は一切反古となる恐れは十分にあるだろう。もしそういう事態になれば、日中関係は小泉政権時以上に壊滅的打撃をこうむることになる。

◆注目すべきは関係のレベルアップ

 こうした不透明さがあるにもかかわらず、注目しなければならないのは「戦略的互恵関係」の構築を確認したことだ。それはもはや今回の関係改善を後戻りさせないだけの「改善意欲」を示したものといえるかも知れない。不透明さをはらみながら、実は歩みは遥か先に踏み込んでしまっているのだ。

 従来の日中関係は、1998年の江沢民前主席来日時に締結した「友好協力パートナー」という二国間の友好協力の強調にとどまっていた。しかし、今回の共同プレス発表には、北朝鮮問題をはじめとする国際問題、地域問題、環境・エネルギー、東アジアの一体化、国連改革など国際的な戦略的利益を共有する「戦略的互恵関係」の構築を歌い上げた。靖国参拝(日本)と靖国参拝中止(中国)にこだわっていては、こうした「戦略的関係」は見えてこない。筆者(高井)が冒頭、日中関係の「客観的な重要性」と言ったのも、こうした問題に対する両国の協力関係が客観的に求められていることを指したものだ。

 江沢民来日時との大きな違いは、相手の国に対する認識、評価にあると筆者は考えている。今回の発表では、「日本側は、中国の平和的発展及び改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機をもたらしていることを積極的に評価した」として、安倍氏の周辺が取ってきた「中国脅威論」を否定する立場を明確にした。他方、中国側も日本が「戦後60年余、一貫して平和国家として歩んできたこと、そして引き続き平和国家として歩み続けていくことを強調した」との日本の立場を、「積極的に評価」した。江沢民前主席の来日時には、中国側が侵略戦争に対する反省の明文化を主張し、日本側が拒んだため、その引き換えに「平和国家日本」についての評価を、「共同宣言」に盛り込まなかったのである。この時の不信感も、この間の日中関係の停滞をもたらした原因のひとつであった。

 筆者は当時読売新聞の論説委員として、江沢民氏の日本記者クラブでの記者会見で、日本の現状をどう見たかとの質問を行ったことを思い起こす。江沢民氏はその時、筆者の質問をはぐらかし、「歴史を鑑として未来を切り開く」との紋切り型の答えに終始した。今回のプレス発表では、歴史問題を棚上げする一方で、「平和国家日本」を中国が認めたことの意味は深い。これは安倍新首相の大きな成果だともいえるし、筆者が靖国問題で何らかの言質を与えたのではないかと推測する根拠の一つでもある。それだけにとどまらず、中国側はこの評価によって「平和国家日本」から、省エネや環境問題などで、一層の協力を得る道を開こうとしているともいえる。

 両国が相手をきちんと認識し、現在の国際社会における両国の関係をしっかりと把握してこそ、「戦略的互恵関係」の構築が可能になる。筆者はここ数年来、こうした状況認識から、日中関係のフレームを従来の「友好」から「戦略対話」に転換すべきと提唱してきた(注)。

 今回の会談成果である「戦略的互恵関係」はこうした未来志向によって可能になったものである。安倍政権の発足早々、そうした関係構築への足がかりがつかめるとは、正直言って、筆者も予測できなかった。だが、これにより日中両国は後戻りすることはできない関係に踏み込んだということを、改めて確認しておくべきだろう。

 (注)高井潔司「ポスト小泉政権下の日中関係を読む」(21世紀中国総研編『中国情報ハンドブック2006年版(蒼蒼社刊)』所収)――“ポスト小泉の日中関係においては、もはや有効に機能しなくなった「友好」に代わるフレームを構築していく必要が生じてきた。それは「戦略対話」というフレームでないかと私は考える。日中間には、大まかに言って、ふたつの方向の重要なテーマがある。一つは領土問題、東シナ海のエネルギー開発、台湾問題など基本的な対立を含む問題である。もはや先送りや不問といったことでは、ますます問題がこじれ、紛争に発展しかねない問題である。対話によって解決をはからなければ双方にとってマイナスの問題である。もう一つは、東アジア共同体の構築など今後の共通の利益をもたらす問題である。これは双方の協力によってこそ、初めて実現する問題でもある。(中略)中国とアメリカとの「対話」がまさにそのような「対話」であろう。米中間にも日中間におとらないほど懸案事項が山積している。しかし、「対話」のテーブルは継続している。もちろん「友好」のフレームから、「戦略対話」への転換にあたって最低限の原則が必要であろう。双方が相手側の疑念を解く為ための対話の原則の表明(たとえば歴史認識や靖国参拝について)や情報公開の重要性に対する認識が不可欠であろう。ポスト小泉では対話のフレーム作りが課題となろう”(174ページ)

(サーチナ・中国情報局) - 10月11日11時59分更新


ブログ管理者:fooling

長い「作文」ご苦労さん。


中国側にとっても、一層の経済の発展や政治の安定にとって、対日関係の改善は不可欠だった。胡錦涛国家主席の外交政策はもともとこの点を十分認識しており、日本の一部評論家が描く「反日で生き延びる中国」などは、全くの空想の産物だった


未だにこんなこと言ってる馬鹿がいようとは参ったな。重体だな。

公然の常識になっていることだ。

名前でググるとあちこちでヒットするわね。ヒット先を見たが、相変わらず中国よりの長文を書いてる。

そうか、白を黒と、黒を白と長々と「作文」を書く能力がないと教授にはなれないんだな。





別のコラムに対して、時事ブログ「グースの勿忘草」さんが 詳しく解説しておりますのでご覧下さい。以下引用させていただきます。


2006/8/19

「高井潔司のトンデモコラム」  靖国問題
 高井潔司教授(北海道大学)は、中国情報局のサイトでプロパガンダに加担している人物です。内容的にはネット時代には通用しないトンデモなものですが、その中からナショナリズムを「妖怪」と例えた部分を抜粋して検討してみたいと思います。


箱を開けて「妖怪」を解き放った小泉首相
◆ナショナリズムという「妖怪」

(略)
 さらに問題は、犠牲になったのは日本だけではなく、日本が侵略したアジアの国々で日本以上に多くの犠牲者を出したという事実を無視していることだ。その歴史を直視せず、総括もせずに、参拝は日本の国内問題であるとか「心の問題」であると称して、きちんとした説明責任を果たしてこなかった。その結果、アジアの人々の憤激を招き、それがまた日本国内の反発を招いて、ナショナリズムという“妖怪”を解き放ってしまったのだ。

  今年の靖国参拝直後には記者会見を開き、珍しく長めの発言を行ったが、その報道を読んでみても、靖国参拝批判に対する反発の言葉はあっても、首相はどういう思いで、A級戦犯が合祀されていることで多くの論議を招いている靖国神社を参拝するのか、さっぱり見えてこない。

  例えば、「私はA級戦犯のために行っているんじゃない。戦没者全体に対して哀悼の念を表するために参拝しているんです」と述べている。この説明なら、靖国参拝の後で全国戦没者追悼式に出席しているのだから、それで十分ということになる。むしろ事情のわからない中国や韓国の人々は、靖国参拝には別の意図があってそれを隠しているのではないかという疑念を抱きかねないだろう。

  さらに悪いのは以下の発言だ。「いつ参拝にいっても、何とか争点にしよう、混乱させよう、騒ぎにしよう、国際問題にしようとする勢力がある。いけないと言ったって、日本は言論の自由が認められているからどうにもならない」。これでは、日本国内で参拝批判をする人々がまるで中国や韓国に媚びて騒ぎを起こし、「言論の自由」を侵しているかのように聞こえる。偏狭なナショナリズムをかき立てかねない発言だ。

中国情報局(サーチナ) 2006/08/18(金) 10:05:09更新
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0818&f=column_0818_001.shtml


■軽いジャブ 一応、大学教授ということなので言葉の使い方から見てみましょうか。

大辞林より
○ナショナリズム4 【nationalism】 
 一つの文化的共同体(国家・民族など)が、自己の統一・発展、他からの独立をめざす思想または運動。国家・民族の置かれている歴史的位置の多様性を反映して、国家主義・民族主義・国民主義などと訳される。

○パトリオティズム【patriotism】
《「パトリオチズム」とも》愛国心。愛国主義。転じて、愛郷心、愛社精神。


 靖国参拝に関する中国や韓国の反応は、「日本は俺たちに従え!」と他国に強制するものですからナショナリズムですね。対する日本の反応というのは、中韓に何かを強制するものではありませんから、パトリオティズムに分類されるでしょう。
 日本語では一般的に両者を明確に区別せずに「ナショナリズム」と言うことが多いと思いますが、「国家の品格」というベストセラーで二つの用語について解説がされており、ネット右翼界では二つの両者の区別は常識化していると言ってよいと思います。ちなみに2ちゃんねるのスレッドでも両者の解説がされていました。
 高井教授のレベルが大体分かると思います。



■冷静な分析
 高井教授の論理にそって分析してみましょう。
 首相の靖国参拝による「世論」の違いはこうなります。
(1)中国・韓国は、日本は言うことを聞かずに生意気だという反応。
(2)日本側は、日本国の首相の行動について他国が口を出すべきではないという反応。
 
 ナショナリズムという用語で括るならば
(1)中国・韓国の世論は、自国の意見を他国に強制する(戦争につながる)「危険なナショナリズム」
(2)日本側の反応は、自己防衛の「冷静なナショナリズム」
 ということになります。
 
 失礼ながら高井教授は「用語」もよくわかっていないようですし、ナショナリズムの危険性もよく理解していないようです。民族や国家の優越性を理由に、他国の権利を侵害しても構わないという方向に世論が向かう場合に、ナショナリズムは危険なものとなるのです
 こんなの基礎中の基礎ですけどね。



■冷静な日本国民 
 靖国問題に関する日本国民の反応を、筆者は「冷静なナショナリズム」と表現しましたが、これは実態を反映していると思います。なぜならば、靖国問題に関する日本のナショナリズムは、言論空間であるインターネットを通じて高揚したからです。
 マスコミがアンチ靖国の論理を声え高々に宣伝している中、ネット上では賛否両論がぶつかり合いその結果として「参拝支持」が反対派を圧倒したという経緯があります。冷静な議論の結果としての世論ですから非常に民主的なものと言えるでしょう。

(参考 ネットアンケート)
「日刊スポーツ」 8月18日 靖国参拝7割が支持「8・15で良かった」64%
http://www6.nikkansports.com/general/questionnaire/questionnaire_060815.html

 一方の中国・韓国の反応ですが、両国とも自由な言論活動が出来る状況ではありません。反日集会や反日デモを通じた集団心理によるものです。いわばカルト集団による洗脳と似た状態で生まれたものですから、これを正当な意見として捉えるのはそもそも無理ではないでしょうか。



■高井理論のあやまち
 簡単に言うと、「言論の自由がない国家」と、「言論の自由がある国家」の世論を同列に語るのは無理なのです。

 高井教授は中国から金をもらって原稿を書いているから、中国批判ができないだけの話なのかも知れませんけどね。僅かのお金でトンデモな言説を披露しなければならない境遇には哀れみさえ覚えますが、本人は大真面目なのかもしれません。
 いずれ高井教授レベルの言説は、ネット上では通用しないのは確かと言えるのではないでしょうか。