アトリエ*foola 『人生はひまつぶし、暮らしはくりかえし』 -8ページ目

アトリエ*foola 『人生はひまつぶし、暮らしはくりかえし』

毎日のくりかえしの中のことをつれづれに記録。
好きなモノやお気に入りのモノを紹介したり
これからやっていきたいモノ創りのことも・・・。

ありがとうございます。

この記事に寄せたコメント。


ラブラブ


薫さん

いつもありがとうございます。


優しさを示せる時…

まずもって自分に余裕がある時です。心にも身体にも。


そして優しくされた時…ですね。


1/2に大好きなドキュメンタリー映画『地球交響曲』ガイアシンフォニーを生み出された龍村仁監督が82歳で旅立たれました。


最終章の『地球交響曲第九番』の中で法然院の住職が、お釈迦さまの言葉『悲しみと共に生きる』を伝えてくださっていました。日本は災害が多い国ゆえに慈悲と慈愛の心があり、それでも前に進もうという心意気があると。


薫さんの記事はシンクロにたくさん出逢えます。


日月神示の中には『イダキマイラス』という言葉があるそうです。色んな事あるけど、それを小脇に抱えつつ前に進もうという意味だそうです。


今日もありがとうございます。


ラブラブ


ふ〜ら

父を思い出しました。

薫さんありがとうございます。

この記事に寄せたコメント。


ニコニコ


薫さんいつもありがとうございます。


昨年7月に84歳で亡くなった父の言葉。


その10日ほど前のお昼頃にメールに

『あなたはあなたの大切な事をしてください』とメッセージが届きました。そんな内容ははじめてでした。


大切な友人の命の灯火に逢いに行っていた先でお昼ごろ、ひとり暮らしをしていた父が肺炎で入院してまもなく。入院していたから安心して県外へお見舞いに行けたタイミング。バタバタしていて朝からメールができていなくて、ちょっとホッとしたタイミングで気づいた時、その優しい言葉に涙が溢れました。


『お父さんの事も大切な事だよ』と返事しました。


通院や声かけや毎日のメールや電話のやりとり、私にとても負担をかけていたといつも感謝と共に詫びていました。


亡くなるまでの3年間、父に寄り添いました。

おそらくできなかった思春期の頃の反抗期がやってきたり笑

かなり暴言も吐きました笑

あの頃、自分でも気がついていなかった孤独と寂しさが溢れて。

吐ききった後は自分でもびっくりするほど優しくなれて、老いていく父に寄り添えた事、通院の道中で色んな話をした事、笑い合って励まし合えた事、たくさんの思い出とギフトをもらいました。


父は病気になってから3年近く毎日日記を書いていました。ひとり暮らしの父の日常を把握するためでしたが、月に数度フォローの際にその日記を読んでといつも手渡してくれて、内容について会話したり、コメント返しをしてました。朝目覚めたら翌日の事を思い出して書いていました。モーニングノートですね。


実は私も父に習って未来手帳のウィークリーページに日記を書いています。時系列で書けるのでとても良いです。マンスリーページには薫さん語録を書く事にしました。スケジュールは別手帳で管理してまして、未来手帳は心の手帳な感じです。


亡くなってからその日記をなかなか開けないのですが、また開いてみようかな。


振り返ればかなり破天荒な人生ではありましたが、愛されキャラの父でした。


久しぶりに父をゆっくり思い出しました。またお父様のお話シェアしてくださいませ。ありがとうございます。


ニコニコ


メッセージを受け取った日に訪れた神社のさざれ石。君が代の歌詞に父と名前が入っているのです。


ふ〜ら