旦那がオーストラリアへ着いてからの前半、義母は痩せてはいたが普通の食事を摂っていて会話もしていた。
ステーキ、サラダ、パンにワインなどとても病人の食事とは思えない豪華な食事をしていた。
緩和ケア&ホスピスをしてくれるこの施設は「最期の楽園」と呼ばれ、病人に苦痛のない最期を迎えられるようにしてくれる24時間ケアの病院のような場所だ。
そんな24時間ケアを受けられる義母はなかなかその施設に満足しているようだった。
私は義母に見せる為に子供の写真を旦那へ送った。そうすると、すぐに返信があり、子供の写真を見る時だけ義母が満面の笑みを見せるらしく、もっと写真を送ってくれと頼まれた。
私は何枚も何枚も子供の写真を送った。
週の半ばになると義母の様子に異変が現れた。身体の痛みがひどくなってきたのでモルヒネを打つようになり、それから会話が出来なくなってしまった。
「あ〜ぁ、うぅ〜。」としか声を発する事が出来ない。
「これはなかなかキツイよ…」旦那からのメッセージには義母と意思疎通出来なくてただ見守ることしかできない旦那のやるせない気持ちがひしひしと伝わってきた。
日本へ帰る日、とうとう旦那はまともに義母と会話出来ないまま最期のキスをして帰りの帰路へついたのでした。
ちょうど義母の誕生日イブの日でした。