正しさと、優しさのあいだで
二日前、わが家に新しい家族ができた。長女が仕事の帰り道、道に迷っていた一匹の猫を連れて帰ってきたのだ。夕暮れの道を歩いていると、向こう側からその猫は急に現れ、トコトコと小さな足音を立てながら近づき、何事もなかったかのように、長女の足元にすり寄ってきたという。何度も追い払おうとした。家にはすでに犬がいる。猫を飼う余裕はないことも、理屈では分かっていた。それでも、その猫は離れなかった。まるで「ここにいてもいい?」と、あるいは「助けて」とでも言うかのように。家の近くは交通量が多い。このままでは、車にひかれてしまうかもしれない。首輪もなく、飼い猫には見えなかった。長女は泣きながら私に言った。「この子、飼ってもいいかな。私がお世話するから」頬を伝う涙が、街灯の光を受けて小さく揺れていた。それは、優しさと迷いがせめぎ合った末に生まれた、とても静かな葛藤の雫のように見えた。「もちろんだよ。困っていた子を、よく助けてきたね」長女が迷いに迷って選び取ったその行為を、私が否定する理由など、どこにもなかった。何より、目の前の命に手を伸ばした、その心が嬉しかった。それから、家の中は一気に慌ただしくなった。長女、長男、次男が自然と役割を分け合い、ケージを組み立て、トイレを整え、餌を用意する。新しく迎えた命が、少しでも落ち着けるようにと、三人は小さな会議を開くように、あれこれ相談しながら動いていた。出来上がったケージの前で、子どもたちは嬉しそうに、何度も猫の様子をのぞき込む。楽しそうで、どこか誇らしげでもあるその姿に、家の空気が、やわらかくなるのを感じた。もともと、私と妻は話していた。仕事が少し落ち着いたら、保護猫の活動を手伝ってみたいね、と。妻の実家では猫を飼っている。私たち夫婦にとって、猫を迎えることへの抵抗はなかった。ただ、少しだけタイミングが早くなった。それだけのことなのだと思う。この猫との出会いも、きっと、偶然という名を借りた必然だったのだろう。新しい家族ができて、みんな嬉しい。そして、その嬉しそうな家族の姿を、ただ静かに見ていられる私は、幸せだ。