初回は「2:女教皇」から。
ライダーウェイト版タロットの女教皇:

マルセイユ版タロットの女教皇:

私はライダーウェイト版タロットに関しては、独学で学びましたが、マルセイユタロットについては、伊泉龍一先生の元で学びました。伊泉先生にタロットを学んでから、「大アルカナ一枚引き(ワンオラクル)」によるリビジョンタロットに徹しています。
話を戻して女教皇のカード。この具像で重要なアイテムは、ライダーウェイト・マルセイユのどちらにも共通して、女教皇が手に持つ「聖書」。キリスト教では、聖書は「絶対的な
存在です。もっと噛み砕くと、「自分にとって理屈なくOK/NGなもの」という感覚でしょうか。
例えば、
- 虫が嫌い
- 辛いものが大好き
- 暗い場所が嫌い
- 一人でいるのが好き
など、理屈はないけれど、「自分にとって当たり前なこと」。この分岐点を破ってはいけないということを伝えているカードです。
例えば、とても激辛な料理があって、それがどれだけ美味しくても、辛いものが苦手な人にとっては、食するに受け入れがたいものと思います。それを無理して食するのではなく、自分のなかのしきい値(Threshold)を破るべきではない、と伝えているカードです。
社会活動を行う上で、誰しも最低限の規律・規則・ルールに従う必要があります。自分の欲求だけを求めて猛進していくのでは、現実的な社会活動を行えません。社会性を築きあげる重要なアイテムで、これが守れないと単なる「ワガママ」になってしまいます。
このカードを主題に取り上げるにあたり、昨年末、私にも「女教皇」のしきい値を守るべきシチュエーションがありました。しきい値を促しているのは、女教皇ではなく聖書。第三者的な書物がルールを述べています。主観的な意見で「ルール」を押し付けてはいけないということを促しています。
つまり聖書の様に「常に客観的な立場から、社会的ルールを重んじ、それに背ことはべきではない」」ということを諭しているカードではないかと感じます。
このカードが生まれた歴史などについては、今回は言及しませんが、今後は語っていきたいと思います。