連絡が途切れても、なんとなく心の中で
友達であり続ける人たちがいます。
度合いはいろいろです。
もちろん、勝手な思い込みかもしれませんが。
でも、そう思える人がたくさんいれば
人間はかなり幸せかもしれません。
(あ、もちろん友達の定義にもよりますが。)
交流というのは少なくともニ方向の心のエネルギーで
成り立っています。
自分からと、相手からと。
でも、それがかみ合ってなければ交流とは言えません。
それでは単に、2つの「一方通行」だからです。
2つの心のエネルギーが作り出した場に
交流があるわけです。
それは一旦なくなったからといって
全てが消滅したりはしませんし、また、
どちらからかのエネルギーが途切れたからといって
その交流もまったく無になるわけではありません。
そこが人間と物理の違うところでしょう。
他人に対して、(たとえどんな相手であろうと)
窓を閉じないようにしようと思っています。
それは別段、人との関係に執着しようとしているわけではなく
単に、自分自身を閉じないでおこう、それだけです。
ただ、それで相手に思わぬ誤解や余計な期待が生じるようならば
その窓にもカーテンや鍵が必要かもしれませんが。
一方通行では
何も生まれません。
交流の場を育てようという時に、
大切なのは・・おそらく
相手をよく知ろうとするときに、自分を混ぜないこと。
ふと、そんなことを思いました。
