
「K」
케이 (ケイ)
歌手
生年月日: 1983年 11月 16日
妻はタレントの関根麻里
2011年1月 入隊
2012年10月20日 除隊
約1年10カ月にわたる兵役に就いた。
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〈過去記事 2013-05-29〉
K『兵役時のエピソードから新作と今後について語る!』
兵役生活は、人としてアーティストとしてすごくいい経験になった
――約2年間の兵役生活を振り返ってみて、どんな2年でした?
K:入っているときはすごい時間の長さを感じていて。
ここで何をやっているんだろう~って、周りにどんどん追い越されて
自分だけ無駄なことをやってる気がすごくしていたんです。
でも、除隊する1か月前ぐらいからそれまでの641日をいろいろ振り返っていくと
このタイミングでここでしかできないもの、人としてアーティストとしてすごくいい経験ができたなって。
1秒も無駄な時間はなかったと思いました。
――どれだけ濃密な日々であったか、『641』に表されていますね。
ちなみに兵役に行かれる前というのは、正直どんな気持ちだったんですか?
K:僕は作曲と歌とピアノで試験を受けて、運よく軍楽隊に入ることができたんですが
入隊しないとどこに所属するのかわからないんです。
なので、実際に行くまでは、ピアノや音符に触れないかもしれないという不安でいっぱいでした。
でも、どこの部署でもいろんなことを教えてもらえるチャンスなので、素直に受け止めようとは思っていました。
――では、状況は違えど、常に音楽に触れられる環境であったと。
K:感覚的には、厳しい音大に入ったみたいな(笑)。
僕は軍楽隊でテナーサックスを担当していたんですが、まったくの未経験だったので
マスターするまでは、ほかのことが一切できない状況で。
毎日10時間練習しっぱなしなんですよ。
朝と夕方の自由時間も下っ端はずっと練習していないといけないんです。
しかも、上下関係がハッキリしていたので、最初の1年間は先輩の楽器を拭いたりするだけで
ピアノに触れることさえできなかったし、曲を書きたいと思っても書けない。
自由にやっていたことが自由にできないもどかしさはありました。
でも、1年経つと、後輩も入ってきて、夜の自由時間、1時間ぐらいピアノを触ったりして
歌詞で思いついたことやテーマを書いたノートにメロディーをつけてみたり……
携帯やレコーダーも持って入れないので、とにかくノートに音符で書くという
原始的なやり方をしていたんです(笑)。
世間から遮断されている環境ではあったんですけど、どんな形であれ
音楽に触れっているだけで幸せでしたね。
――素敵なエピソードですね。
K:あと、電話もかけられる時間が決まっていて、国際電話ができる電話は1台しかなかったから
スタッフとなかなか直接話すことができなくて、
手紙を頻繁に書いてやりとりしてました。
――ちなみに除隊された瞬間は、どんな気持ちだったんですか?
K:門を出ると僕が所属していた軍楽隊が演奏をしていて、大勢のファンの方やスタッフが待っていてくれたんです。
そのときにあ~最後だって。
やっと終わったな、これでKに戻れるんだっていううれしさと
こういう経験はもう二度とできないんだなっていう寂しさといいますか。
まったくどこの誰か知らない人と、いきなり共同生活することへの不安や不満もあったし
最初は40人でひと部屋でしたからね。
そうそう、同じグループのなかに同じ音大でドラムをやっていた後輩が偶然いたんですが
今回日本によんで「幸せを数える。」と「What's your problem?」に参加してもらったんです。
――すごい縁ですね。
K:なかにいるときはケンカばかりしていたんですけど
今では最高の音楽仲間ですね(笑)。
僕は20才すぎてから日本に住んで活動していたんで、いわゆる青春っていうものがなかったんですよね。
だから、僕のなかではこれぞ青春って感じで。
いろんなことがあったけど、いざ離れるとなるとすごく寂しくて。
でも、頭の中で、出たらまずこれをやりたいとかいろんなプランを張り巡らせていたのに
除隊日が近づいてくると、ちゃんとできるんだろうかっていう不安も感じられたりして。
あれだけ願っていたのに、自分で自分の気持ちがわかんなくなっちゃうといいますか。
でも、ここからまた新たなスタートをするにあたって、この2年間を背負っていくんだという
いい意味での責任感が芽生えました。
記事抜粋 http://www.oricon.co.jp/special/539/
ジェジュン ファイティン!
@kjj_onlyloveさん
さらんへ~っちまぁ~~~ん♪

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