本日2m19d。

やや2ヶ月ほど放置していたにも拘らず
昨日の記事に沢山のコメントや【いいね】をありがとうございました(。≧з≦)ノ⌒☆
すごくうれしい

ブログをお休みしてる間に
沢山の妊活同志さんが授かり同志さんに。授かり同志さんが愛育同志さんに。なられていて、嬉しさでいっぱいになりました
リアルタイムでお祝いを伝えれなかった事が、口惜しい

授かり同志さん!おめでとうございますクラッカー
出産まで、毎日を大事にだいじにお過ごしください。
そして、振り返るとあっと言う間な妊婦生活を満喫して下さいね。

愛育同志さん!おめでとうございます&お疲れさまでした。
愛しい我が子とのきらきらとした毎日でしょうが、へとへとですよね?
私は、どろどろのへとへとです笑い泣き
情報交換やアドバイスを頂けたら嬉しいです。よろしくお願いしますm(._.)m



さて、退院迄の振り返り記事です。


出産後、いきなり始まった母子同室。

出産翌日までは痛み止めの麻酔を入れていても、カイザーの傷の痛みにひぃひぃ言ってたので
3時間おきに助産師さんが、おむつ交換に来てくれました。

その後、介助して貰いながらの添い乳。
添い乳の為に、横向きに寝返りを打つだけで、やや5分
思うように身体が動かせ無くて
『どうやったら寝返りって出来るんでしたっけ?』と
訳のわからぬ泣き言で、助産師さんに笑われてました。

どうしてもキツいなら消灯から起床まで、ナースステーションで赤ちゃん預かれるけど、どうする?』と挑発的な悪魔の囁きに
『助産師さんが大変でなければ、赤ちゃんには傍に居て欲しいです』と妙な依怙地が発動真顔
しかし、3日目に『今日は寝て下さい!』と強制的にナースステーションに連れて行かれました。
(これから出産予定の授かり同志さん!預かって貰える内に、寝た方が良いですよ)


2日目には歩行訓練開始。
看護師さんに付き添われ、点滴棒を杖代わりに【ふぃ〜ふぃ〜】と泣きながらお手洗いまでの往復から始めました。

3日目には、介助無しでシャワーにも入れました。

母乳も少しずつ出て来てましたが、おちびは小さめに生まれて来た為
生理的減少で2,300g台まで落ち、なかなか増えないので、ミルクを足す事に。
直母後に乳頭混乱回避の為、カップ授乳でミルクを10㎖から始めました。
退院時には30㎖まで増え、哺乳瓶での授乳となっていました。

今思い返すと、この頃の『生理的減少後の体重増加が少ない』が、恐怖として私の心に棲みついたように思います。
退院後、おっぱいノイローゼのようになった時期がありました。この話は、また別の機会に。

出産直後に家族へ連絡。3日目に親戚・友人・知人へ出産報告をしたので
4日目以降は親戚・友人・知人が入れ替わり立ち代りお見舞いに来てくれました。
かなりぼぉっとしてたようで、この頃の記憶が曖昧です
夫くん、友人・知人によると『いつもにも増して、へらへらとよく笑い、よく喋ってた』らしいです。

お見舞いと言えば、お義母さん問題…。
緊急帝王切開となった為、夫くんは出産直後に両実家に連絡したのですが
義実家には『帝王切開予定日前の破水で緊急手術となった為、検査などが立てこんでおり、赤ちゃんもふうも疲れてるから、来るなら4日目以降にして』と夫くんが嘘八百を並べた為
生後5日目に義両親で来札の予定でしたが
その前日に

お義母さん

緊急入院しました

お義母さん話も、後日、改めて別記事にします。


6日目に沐浴指導と私の内診。
悪露が多いけど、腺筋症で子宮が大きいせいだと思うので、大丈夫。カイザーの傷もきれい。

7日目に退院後の生活指導とおちびの検診。
体重の戻りは遅いけど、問題無し。

8日目に、母子共に無事退院となりました。



総ての妊活同志に元気な可愛い赤ちゃんが、やってきます
授かり同志の新しい命が、すくすく成長してます