金曜日。
珍しく、きりっと、音楽の世界へご招待する時間でございます
本日の音楽書はこちら。
響きの考古学 藤枝 守
耳の欲望の深層へ……なんて、帯のコピーがエロティックではございませんか
ですが、バリバリの、専門的内容でございます。
著者は、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校で、音楽博士号を取得した作曲家です。
以前ご紹介した、
「調性で読み解くクラシック」で、
調の性格に興味を持たれた方には、ぜひぜひ、読んでいただきたい一冊です。
今や、世界規模で、平均律、という、1オクターブ(例えばドから次のド、という音の幅)を12に均等に割り、そこに音を当てはめていったものが使われています。
でも、それ以前には、さまざまな音の割り振り方があり、
それは地域により独自性をもち、
時代によって変化し続けてきた、のです。
12平均律は、世界のスタンダードでもなければ、絶対のものでもない。
そのことを、提示してくれる本です
以前ご紹介した、「調性で読み解くクラシック」において。
バッハの平均律クラヴィーア集は平均律に調律された楽器で演奏された、とありますが、これはです。
平均律の原題は、「よく調律されたクラヴィーアのための曲集」なんですね。
平均律とは、どこにも書いていない。
バッハからかなり時代の下がった作曲家マーラー(オーストリア)。
彼が、平均律について嘆いた言葉を残していることからも、バッハの時代に平均律がメジャーであった確率は少ないのです。
ベートーベンのバイオリンとピアノのためのソナタは、「ミーントーン」という、平均律より古い音律(音の並び)で作曲された、という論文もありますしね
そのことは、バッハの曲の構造からも見えてくるのですが、それは書くと長くなりますので、ここでは渇愛させていただきますね。
チャンスがありましたら、書かせていただくかもしれませんが……。
そんなこんなで。
とにかく、ここでお伝えしたいのは、
12平均律は歴史的に見て、新参者であり、その音には浮遊性がある。
ということです。
だから、平均律があかんよ~~~、というのではなく。
そういう時代背景と、特色を持っている、ということを知っていただければ、と思います。
そして、もう一つ大切なことは。
自然の中には、存在しない響きである。
と、いうこと。
ピアノの響きはニュートラルである。
と、書かれたピアニストがいらっしゃいますが。
ニュートラルなのではなく、その人工的に確定された響きしか持たぬが故の……。
何にもなりきれないもどかしさ。
も、あるのではないかと、わたしは思うのです。
(平均律で調律されている場合、です。
そして、これがほぼ99パーセントです)
さてさて。
話が長くなりました。
でも。
ピアノを教えられる先生には、ぜひともご一読していただきたい一冊です。
著者が、純正律らぶでいらっしゃるので、身びいき感のあることは否めないですが、
音の響きって
テクニックって
音に込められたものって
絶対音感って
そんなことを考えさせてくれること、間違いなしです