1 高1の4月〜6月


彼女と硬式テニス部に入部しました。雨の日を除いて毎日、練習がありました。

雨の日に月2で彼女の家に寄りました。お母さん、彼女、私の3人で雑談し、夕食をご馳走になって帰宅してました。

6月初めに担任の先生(東大理学部数学科卒業)に「東大を受けるなら2年前期末(9月末)までに東大受験科目の教科書レベルを終えろ」と言われました。あと、1年と3カ月余りしかありません。しかも物理と化学は2年と3年で履修します。

1年の理科は生物と地学を履修してました。また、1年の社会は地理を履修しており、日本史は3年で履修になってました。数学は数2を半分以上やっていたので数3まで終えるのは可能と思いました。英語と国語は学年の境目がないので何とかなると思いました。

入学時点では、2年後期までに教科書レベルを終えて3年次に大学入試レベルにする計画でした。それを半年短くすることは容易じゃありません。

色々考え、悩み、硬式テニス部を6月末で退部することにしました。

6月下旬の雨の日に彼女の家へ行った時、彼女とお母さんにテニス部を退部することとその理由を話しました。

彼女は「貴方が色々思い悩んで決めたことだと思うから、私は何も言わない」と言いました。

そして、6月末に退部届を出しました。



2 高1の7月〜高2の夏休み直前


7月からは、部活が辞め

たので、勉強時間が増えました。自宅では、物理と化学の勉強をして、東大受験科目でない生物と地学は授業だけで覚えるようにしました。日本史は中学生から山川出版の教科書を参考書代わりに使っていたので、割と早く終わりました。

当時、東大理一は社会1科目でしたが、日本史の入試問題は難しいと言われていたので、1年で履修していた地理をスペアにしました。

1年の担任が数学の先生で「数1の時間は数2をやっていでいい」と言うので、言われた通りにしました。


月2で、雨の日に彼女の家へ行ってました。リフレッシュと息抜きを兼ねてました。

彼女もお母さんも、私の勉強の進み具合については訊かないようにしてました、笑い🤣

それなりに気遣ってくれていたと思います。


週に1日の調整日があり、彼女の家へ行く日は調整日にしたので、学習計画に遅れは生じません。

毎週行くわけじゃないので、むしろ計画よりも早く進みました。

2年の夏休み前に数学(数3まで)、物理、化学、日本史の教科書レベルを終えました。

9月末の予定よりも2カ月ちょっと早く終わりました。


2年になって、担任が古典の先生に代わりました。

1年の担任だった先生は、クラス担任を外れ、進路指導室長になる一方、教頭になる研修を受けていました。

時々、晩酌に付き合えと言われました。ウイスキーの水割🥃を片手に東大その他の数学の大学入試問題をやらされました。

できるまで、帰っていいと言わないのには参りました。一度だけ、終電に間に合わずにタクシーで帰宅しました。


2年の夏休み前に教科書レベルを終えたので、9月の前期末試験対策で、彼女が最も苦手な物理の個人教授をしました。彼女は、7月下旬にインターハイ全国大会に北海道代表で出場し、目標を達成しました。

100点満点で30点以上取らないと、「赤点」で再試になります。8月から個人教授をして、何とか、赤点を回避することができました。笑い🤣



大坂谷吉行著「東大入試中止1969  ある受験生カップルの軌跡」

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第2章   札幌南高校

    札幌南高校入学  p.105

    二人の岐路  p.112

    初デート  p.119

    修学旅行  p.136

    札幌雪祭りとテレビ出演  p.147

    三年四組  p.154

    ファーストキス  p.160

    不安と焦燥の日々  p.170

    東大入試中止決定  p.181 

 札幌南高校卒業  p.189


2019120日付け朝日新聞「天声人語」で

自費出版が紹介されました。


高3のラストチャンスで彼女と同じクラスになりました。笑い🤣

最前列の先生から一人おいて右が彼女です。

最後列の右から3人目が私です。