小1の614日に祖父が亡くなりました。

祖母は、私が生まれる前に亡くなっています。


祖父は、江戸時代から続いた材木屋を倒産させた人です。


祖父は倒産後、朝から酒を飲み、働かなかったそうです。

そのため、父、父の兄、姉、弟そして祖母は、苦労しました。


祖父の葬儀は、檀家になっている曹洞宗の寺で行われました。


導師は、先先代の御住職(現住職の祖父)が務めました。当時の年令は、父と祖父の中間くらいでした。


本堂には、金ピカのけっこう大きな仏像が回廊付きの台座の上にありました。回廊に上がる階段が1箇所あります。ピカピカに磨いてあり、靴下を履いていたので、滑り落ち、頭をぶつけて、タンコブができ、泣きました。


法事が終わると、本堂の脇部屋で、御住職と父たち4人兄弟が懇談します。

御住職は一回り年上なので、話がイマイチ弾みません。

御住職が「御曹司、こちらへ参られよ」と呼びます。

「御曹司、参りました」

伯母が「よし坊、自分で御曹司と言わないよ」と注意します。

「そうか、家来は義経を御曹司と言うけど、義経はそれがしと言っていたかな」

御住職が「御曹司はおいくつになられたかな」と訊きます。

「それがし、当年7才に候で、いいんだよね、伯母さん」

御住職や父たちが笑います。



小2の614日は、祖父の一周忌が、お寺でありました。


一年前は、靴下を履いたままで回廊への階段を上がろうとして、滑り落ちました。

今度は、靴下を脱ぎ、半ズボンのポケットに入れて裸足で階段を上がりました。回廊を歩いて仏像の裏側を見ました。汚くて、蜘蛛の巣があり、黒い小さな蜘蛛🕷を捕まえました。


法事が終わると、脇部屋で御住職と懇談です。

御住職が「御曹司、こちらに参られよ」と呼びます。

「よし坊、参上」と言って行きました。

伯母たちが笑います。


「御曹司、今年はおとなしくしてたかな」

「去年は靴下履いてたので滑ったけど、靴下脱いで裸足で上がったら、へっちゃらでした」

御住職や父たちが笑います。


「御曹司、上がってどうされたのかな」

「回廊を歩いて、仏像の裏側を見ました。金ピカでなく、蜘蛛の巣がありました。小さな黒い蜘蛛🕷がいたので、捕まえました」

「それで?」

「父さんにお寺で殺生はいけないと言われたことを思い出したので逃がしてやりました。小さいから子供の蜘蛛かもしれないし」

「御曹司、いい心がけじゃ。蜘蛛の足は何本あったかな?」

「蜘蛛は8本。人は2本、犬や猫は4本、トンボは6本、蜘蛛は8本だけど左足と右足の数は同じなんだよ」

「どうして、同じ数なのか、分かるかな」

「左と右で違うと、歩きにくいから」

また、聞いていた伯母たちが笑います。


小3の614日は、祖父の三回忌がお寺でありました。

この寺の法要の特徴は、参列者にパスポートサイズの教本が渡され、それを見ながら御住職に唱和することです。

しかし、父や伯母たちは大きな声で唱和しません。本堂には御住職と私の声だけが響きます。

法要が終わると、脇部屋で御住職と懇談です。

御住職が「御曹司、こちらへ参られよ」と呼ぶので、すぐ行きました。

「御曹司は大きな声で拙僧に唱和するので、お祖父様も満足されていると思う」

伯母が「よし坊、でも、咳払いまで、マネしなくてもいいだよ」と言います。

みんなが笑います。


「御住職、女の人が花を供花(きょうか)、食べ物を供物(くもつ)と言ってました」

「御曹司、それで?」

「同じ漢字だから、食べ物がきょうもつなら覚えやすいのに、どうして違うのかな、と思います」

「なるほど、漢字の読みは一つでないということじゃ。だが、御曹司にそう言われても、拙僧が生まれる前から決まっていたので、変えられない」

また、皆んなが笑います。


「御住職、色即是空はどういう意味ですか?」

「御曹司は、どう思われるかな」

「色気を出すと、失敗する?」

皆んなが笑います。

「御住職、笑われたから違うみたい。どういう意味ですか?」

「御曹司、たまには御自身で調べてみなされ」


帰り間際に父が御住職に呼び止められました。


私が先先代の御住職と話をしたのは、祖父の三回忌が最後になりました。


先先代の御住職は、中1の10月に亡くなられました。北海道新聞に掲載されました。


その時、先先代の御住職が父に言ったことを聞きました。

御住職は、御曹司のしたいようにさせておけば大成すると言ったそうです。


その根拠として、

 1 失敗しても原因に気づき、対策を見つけ

   る

 2 探究心が旺盛

 3 観察力が鋭い

 4 分かりませんと言わずに考えて答える

 5 頭の回転が速い

 6 色々なことを自然に覚えているしまう

 7 大人に混じっても、物おじしない


などを挙げたそうです。


父は、祖父が材木屋を倒産させたあと、新聞配達をしながら旧制工業を卒業しました。苦労したので、金銭を含めて細かいところがありました。


しかし、三回忌のあと、御住職に言われて、本人の自由に任せることに決めたそうです。



先先代の御住職は、私の才能を認めて、父に助言してくれたので、とても感謝しています。


祖父の死は悲しいなどの感情はありませんでした。

先先代御住職の死を知った時はとても悲しく、また、残念に思いました。


曹洞宗総本山永平寺



追記

祖父が死ぬと、学校や職場は忌引になります。

一周忌や三回忌は忌引になりません。小学生は学校があります。

にもかかわらず、参列できたのは命日が614日だったからです。

当時、614日〜16日は札幌神社(現在の北海道神宮)の祭礼で、札幌市立小中学校は三連休でした。中学生の頃、政教分離に反するという理由で休みでなくなりました。

小1〜3は、お祭りで、友達が遊んでいるのに三年連続、法事で寺へ行き、祖父の祭礼の時に死んで迷惑と思いました。

友達が誘いに来ても、寺に行くので、一緒に遊びに行けないからです。