呪術迴戦のシーズン3が始まっていますね

エピソード8を観た方いらっしゃいますか?

久しぶりになんとも言えないドロっとした

感情が湧き上がってしまいました…





要約すると

法に守られにくい弱者を助けようと

(経済的困難や家族がいないような)


お金にならない、

労力ばかりかかる、

検察官の起訴状を覆すのが難しい案件の多い

国選弁護の仕事に

奮闘する弁護士、日車(ヒグルマ)のお話しです






ヒグルマは

日々に疲弊していたのかもしれません






ある事件で起訴されていた被疑者を弁護し

一審で無罪を勝ち取るも

(被疑者は涙を流して感謝するのですが)

控訴され、二審では有罪、無期懲役の

判決を言い渡されてしまいます







そのとき被疑者は、

判決を下した裁判官ではなく

被疑者の無実を信じて、

寄り添って弁護してきたヒグルマのことを

憎しみや怒りを込めて睨むのでした






その目を見たときに

ヒグルマの中で

「何かが」壊れてしまいます







多分ですがどの業界にも

誰もやりたがらない仕事って

あると思うんですよね

辛い、きつい、しんどい、難しい

対価に見合わない

高い志や使命感がなければ

とても務まらない





そのような仕事に携わる人は別に

感謝されたいわけでも

褒められたいわけでも

認められたいわけでもない

本当にただ力になりたいだけ






でも、そう言う仕事に限って

非常に難しくて

結果が得られにくいことが多い






分かりやすい例を挙げたら

例えば教育業界では

勉強適性がないこどもに

一生懸命に寄り添って

誠実に根気強く教えたとしても

結果が出なかったときに

「何もしてくれなかった」

という本人や親御さんの対応に






医療業界で言えば

重症患者さんが

最後の砦として一縷の希望を持って

三次救急のある大学病院に入院したとし

懸命に手を尽くしても

亡くなられたとき

「助けてはくれなかった」

という家族の対応に







一生懸命やればやっているほどに

傷付いてしまう

なぜなんでしょうね

弱さでしょうか

やらなければ良い話しなんでしょうか






難しいからこそ

ものすごく時間も労力も必要で

頑張って頑張って

でも結果が出なければ

その過程は関係なく責められる

でももちろん分かってはいるんです

相手も行き場がなくて

あたってしまっただけだと

だから自分の気持ちは

飲み込むしかないんですよね


でもそういう積み重ねをしていると

いつの間にか抱えてしまった

「虚無感」に気づいてしまう

一体どうしたら良いんでしょうね







それでも、何も言わず

日々誠実に仕事に打ち込み

自分の身を、精神をすり減らしても

今も戦っている人たちを知っています






そして話しはこれでは終わらない

私は不甲斐ながらも

離脱してしまったのですが

今のほうがはるかに感謝されているんです

簡単に結果が出るから

それはあくまで程度が軽いから

私の実力でもなんでもない

問題はシンプルで簡潔だからです






だからその状況に素直に喜べない

自分にも気づいているんです

やるせなさ、罪悪感をもってしまう

私がひねくれているからなのかもしれません






私はずっと祈っています

黙々と粛々と頑張っている人たちのことを

もっと多くの人が、気づいてほしいと

理解してくれる人が増えたら良いと






そうすれば

彼らに少しでも頑張る力を

添えられる気がしてならないのです