日用品とかの差し入れも転院した病院に持ってきてくれた。そういう義理を考えると「辞めます」とはなかなか言いにくいが、二度目の入院の時に「もう、こういう状態なんで次の人探してください」とは言ってある。今はもう当てにはされてないだろう。たまに手伝いに行っても給料は要らないと言ってある。昨年母を亡くして、この前は、この町での恩人が亡くなった。三重ダルクの創設当時のいちばんの支援者でもある人だった。俺はよくその人に話を聴いてもらってた。母の住んでた家と小さな畑は弟のものになり、遺産の半分以上は詐欺まがいの手口で親戚が盗んでいった。これから先いいことがあるとも思ってないが、今が転機なのだろう。
今月末には福島に行く予定だ。9月には熊野を何日間か歩く予定だ。いつ死んでもいいけど、今はまだ生きてよう。
いつか、生き甲斐が見つかるかもしれないから。