事務所で新しい企画の話をHディレクターとしていたのだが…
皆さんには、思い出のひと皿…一杯という料理がお有りだろうか?
「あの時、あの人と食べた忘れられない料理」
「自分を救ってくれた、あの一杯…」
「思い出に残るあの店のあの料理…」
「人生の転機に食べたあのひと皿…」
思い出の写真、場所、人生を変えた一言…色々あるでしょう。
では食事にまつわるエピソードはどうですか?
弊社のHディレクターは北海道の厚岸という牡蠣で有名な漁村の生まれ。
父上は鮭・鱒の漁師をしていました。
そんな父上はある事から船を手放し…
漁師も辞めました。
そして…
Hが東京でテレビのディレクターになった頃…
東京の町田で屋台の「ラーメン屋」を始めたのです。
若い漁師さんを従え、鮭・鱒の漁船の船長だった父上…
漁師を辞め、北海道を後にして
長野の諏訪湖で工事用の台船を操舵する雇われ船長みたいな事もしたそうですが…
誰かに指図されるのが嫌で…
ひとりで軽トラックの屋台のラーメン屋を始めたのです。
トリガラと知り合いから譲ってもらった昆布を出汁にしたラーメン。
どこかのお店で作り方を習った訳ではなく、あくまでも自己流。
町田で始めたラーメンの屋台に
息子であるHディレクターに「食いに来い。」と電話があったそうです。
父上から聞いた屋台のある場所へ行くと…
何やらモメている声が…
酔った若い私服警官が父上に
「おっさん、この辺の地元のヤクザにショバ代払ってんだろ?いくらだ?」
「いやぁ…そんな事いいじゃないですか」
「言えよ!分かってんだからよ」
「勘弁して下さいよ…」
「なんだ!言えねえのか!あ!」
そこへ地元のヤクザの若いのが登場して…
警官とも知らずに
「なんか文句あんのかぁ?あ!?」
モメ始めました。
父上が、大きな騒ぎにならないよう2人の間に入って仲裁しているのを
Hは離れたところで見ていたそうです。
しばらくしてモメ事も収まり2人は姿を消して…
Hは何も見ていないフリをして父上の屋台へ
そして漁師だった父親の作ったラーメンを食べました。
感想を聞く父上に対して
「水っぽいな」
あの漁師の若い衆に怒鳴り散らしていた親父が
酔っぱらいに絡まれ…ヤクザとのモメ事の間に入って
「勘弁して下さいよ…」と謝っていた。
親父さんの姿、作ったラーメンの味…
Hと親父さんにしか分からない一杯だったでしょう。
その後、ラーメン屋も辞め…北海道に父上は帰られたそうです。
Hはあの時、町田の屋台で父親が作ったラーメンの味を
忘れない事でしょう。
色々な意味で…
さて、小生は高校を卒業し、上京する直前に
近所のラーメン屋しか家族での外食がなかったのに
初めて親父に連れられて家族で行った
高級(?)イタリアンレストランで食べた「ミラノ風カツレツ」です。
中学から小生はグレてしまい、それ以来父親とは話もしなくなりました。
もちろん親父が行けと言った大学には合格できず…
かろうじて六大学ではあるものの
親父は、おめでとうの一言も言わなかった。
それでも一応、息子の上京に際し
予約をしてレストランへ連れて行ってくれた…
親父も、小生も、全く口をきかなかったので
それは静かな家族揃っての食事だったが…
親父の気持ちは分かっていた。
小生は精一杯心の中で詫びていました。
期待に応えられず…ごめんなさい…と
本当にその店の「ミラノ風カツレツ」が旨かったかどうかは分からない。
でも、18歳のチンピラ坊主にとっては
一生忘れられない「人生の一皿」になった事は確かである。
さぁ、皆さんの「人生の一皿」は何ですか?
皆さんには、思い出のひと皿…一杯という料理がお有りだろうか?
「あの時、あの人と食べた忘れられない料理」
「自分を救ってくれた、あの一杯…」
「思い出に残るあの店のあの料理…」
「人生の転機に食べたあのひと皿…」
思い出の写真、場所、人生を変えた一言…色々あるでしょう。
では食事にまつわるエピソードはどうですか?
弊社のHディレクターは北海道の厚岸という牡蠣で有名な漁村の生まれ。
父上は鮭・鱒の漁師をしていました。
そんな父上はある事から船を手放し…
漁師も辞めました。
そして…
Hが東京でテレビのディレクターになった頃…
東京の町田で屋台の「ラーメン屋」を始めたのです。
若い漁師さんを従え、鮭・鱒の漁船の船長だった父上…
漁師を辞め、北海道を後にして
長野の諏訪湖で工事用の台船を操舵する雇われ船長みたいな事もしたそうですが…
誰かに指図されるのが嫌で…
ひとりで軽トラックの屋台のラーメン屋を始めたのです。
トリガラと知り合いから譲ってもらった昆布を出汁にしたラーメン。
どこかのお店で作り方を習った訳ではなく、あくまでも自己流。
町田で始めたラーメンの屋台に
息子であるHディレクターに「食いに来い。」と電話があったそうです。
父上から聞いた屋台のある場所へ行くと…
何やらモメている声が…
酔った若い私服警官が父上に
「おっさん、この辺の地元のヤクザにショバ代払ってんだろ?いくらだ?」
「いやぁ…そんな事いいじゃないですか」
「言えよ!分かってんだからよ」
「勘弁して下さいよ…」
「なんだ!言えねえのか!あ!」
そこへ地元のヤクザの若いのが登場して…
警官とも知らずに
「なんか文句あんのかぁ?あ!?」
モメ始めました。
父上が、大きな騒ぎにならないよう2人の間に入って仲裁しているのを
Hは離れたところで見ていたそうです。
しばらくしてモメ事も収まり2人は姿を消して…
Hは何も見ていないフリをして父上の屋台へ
そして漁師だった父親の作ったラーメンを食べました。
感想を聞く父上に対して
「水っぽいな」
あの漁師の若い衆に怒鳴り散らしていた親父が
酔っぱらいに絡まれ…ヤクザとのモメ事の間に入って
「勘弁して下さいよ…」と謝っていた。
親父さんの姿、作ったラーメンの味…
Hと親父さんにしか分からない一杯だったでしょう。
その後、ラーメン屋も辞め…北海道に父上は帰られたそうです。
Hはあの時、町田の屋台で父親が作ったラーメンの味を
忘れない事でしょう。
色々な意味で…
さて、小生は高校を卒業し、上京する直前に
近所のラーメン屋しか家族での外食がなかったのに
初めて親父に連れられて家族で行った
高級(?)イタリアンレストランで食べた「ミラノ風カツレツ」です。
中学から小生はグレてしまい、それ以来父親とは話もしなくなりました。
もちろん親父が行けと言った大学には合格できず…
かろうじて六大学ではあるものの
親父は、おめでとうの一言も言わなかった。
それでも一応、息子の上京に際し
予約をしてレストランへ連れて行ってくれた…
親父も、小生も、全く口をきかなかったので
それは静かな家族揃っての食事だったが…
親父の気持ちは分かっていた。
小生は精一杯心の中で詫びていました。
期待に応えられず…ごめんなさい…と
本当にその店の「ミラノ風カツレツ」が旨かったかどうかは分からない。
でも、18歳のチンピラ坊主にとっては
一生忘れられない「人生の一皿」になった事は確かである。
さぁ、皆さんの「人生の一皿」は何ですか?