「世界卓球2008」を終え
我々は赤坂駅前再開発イベント「赤坂SACAS」のオープニングイベント
18日間の演出に向けスタンバイに入った。
この「赤坂SACAS」のイベント演出の依頼は
昨年の年末の事だった。
TBSの赤坂SACAS事務局にCさんというプロデューサーがいる。
Cさんは弊社が2005年の年末にやった特番のプロデューサーだった事から
それ以後いくつかの特番で御一緒した。
仕事が無かった頃に助けて頂いた恩人の一人でもある。
昨年末Cさんから電話があり…
「INUIさん…どデカイ話があるんだけど…」
という訳でTBSへ呼ばれた。
「赤坂の再開発イベントを担当しているのだけれど…
技術的な事、美術的な事、色々な許可申請で分からない事だらけ。
INUIさんは大きなイベント絡みの番組が得意でしょ?
だからINUIさんを呼んで来いと各セクションから言われて…」
という話だった。
しかし…
確かに大きなイベントの様な番組を作ってきたのだが
本物の「イベント」…しかも18日間に及ぶ、街自体を演出するなんて仕事をした事が無い。
街のイメージ図を前にして考えた。
テレビのディレクターとして20年やってきた。
テレビ以外で初めてこんな大きな事をやらせてもらう機会をせっかく戴いた。
しかも各セクションから御指名までもらっているのだ。
「やってみます。」
早速、事務所へ戻って皆にこの話をしたのだが…
「イベントですかぁ…テレビの仕事以外はどうなんすかねぇ…」
どうもノリが悪い。
それはそうだろう…そもそもイベント会社では無かったし(笑)
結局、FOLCOM.からは小生とHディレクター、ADのKの3名が参入。
毎日ステージで行われるイベントは日替わり、しかも昼・夜でも変わる。
その担当者との打ち合わせだけで日々忙殺された。
卓球の中継と打ち合わせが重なるのでHディレクターが殆どの業務を
ひとりでこなしてくれた。
3月の終わり 「赤坂SACAS」オープン。
オープニングイベントはTBSの情報番組の
キャスト・スタッフによる生放送とステージのコラボ。
大雨と寒さの中、多数のお客さんが来場。
それ以後、毎日のステージの舞台監督として小生とHは
「コントロールタワー」なる建物の中で一日中を過ごした。
昼間はリハーサルと本番、夜はゲストアーティストの歌の本番…
それが終わるとあくる日のスタンバイの為、気温が低下した深夜
ベンチコートを羽織って客席のパイプ椅子を並べ直し掃除して終わる。
テレビの現場での小生を知っている方々は、夜中に椅子を並べ、
通路用の仕切りのレイアウトを並べ変えている姿を見て
「INUIさんが、そんな事しなくていいですから!」
と驚いて飛んで来る。
「いいんですよ。これが今の仕事ですから」
と答えて続ける。
すると他の仕事をやっていた美術さんが
「INUIさんが椅子並べてるぞ!手伝ってやれ!」
と集まってくる(笑)
かえって申し訳無い。
やった事の無い仕事…
初の経験をしているのに他の現場での偉い・偉くないは関係ない。
小生を指名してくれ、普段から御一緒している美術・技術の皆さんは
ここでも小生を助けてくれる(笑)
実際、様々なアーティストのステージに関わり、全く知らなかったノウハウ・
新しい仕事相手・クライアントを得られた事は大きい。
これ以後、会社の仕事として「イベント」の演出が加わったのだから。
赤坂駅前再開発イベント「赤坂SACAS」のオープニングイベントは
18日間で107万人のお客様に御来場頂き、大成功に終わった。
小生をこのイベントに呼んで下さったCプロデューサー、
美術・技術他様々なセクションの皆様に感謝いたします。
誰しも初めての仕事、経験の前に躊躇する。
小生もDOORS、卓球、イベント…
嘗て経験もした事が無い仕事を頂いた時、正直自信が無い。
でも、独立して会社を起こすと決めた以上「できない」は有り得ない。
「無理だ」とは絶対言わない。
やるんだ。
小生、FOLCOM.が関わる事によってそのコンテンツが良くなる方法を
全力で考えるのだ。
良くなる提案を受けようとしないで安穏とした奴らと仕事をしたくない。
成功させたいから一緒に苦しんでくれという人達と仕事をしたい…
精一杯お客さんを満足させたい…そう思ってFOLCOM.は出航したのだ。
そうでなければ…何の為にぬるま湯だった良い条件の場所を捨て
今の小さな貧乏会社を作ったんだ?
新しい事を…やった事のないモノを作る為じゃないか…
だから我々を信じて、支えてくれる人達がいる。
2008年4月
いよいよ「DOORS 2008」のスタンバイが始まった。
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我々は赤坂駅前再開発イベント「赤坂SACAS」のオープニングイベント
18日間の演出に向けスタンバイに入った。
この「赤坂SACAS」のイベント演出の依頼は
昨年の年末の事だった。
TBSの赤坂SACAS事務局にCさんというプロデューサーがいる。
Cさんは弊社が2005年の年末にやった特番のプロデューサーだった事から
それ以後いくつかの特番で御一緒した。
仕事が無かった頃に助けて頂いた恩人の一人でもある。
昨年末Cさんから電話があり…
「INUIさん…どデカイ話があるんだけど…」
という訳でTBSへ呼ばれた。
「赤坂の再開発イベントを担当しているのだけれど…
技術的な事、美術的な事、色々な許可申請で分からない事だらけ。
INUIさんは大きなイベント絡みの番組が得意でしょ?
だからINUIさんを呼んで来いと各セクションから言われて…」
という話だった。
しかし…
確かに大きなイベントの様な番組を作ってきたのだが
本物の「イベント」…しかも18日間に及ぶ、街自体を演出するなんて仕事をした事が無い。
街のイメージ図を前にして考えた。
テレビのディレクターとして20年やってきた。
テレビ以外で初めてこんな大きな事をやらせてもらう機会をせっかく戴いた。
しかも各セクションから御指名までもらっているのだ。
「やってみます。」
早速、事務所へ戻って皆にこの話をしたのだが…
「イベントですかぁ…テレビの仕事以外はどうなんすかねぇ…」
どうもノリが悪い。
それはそうだろう…そもそもイベント会社では無かったし(笑)
結局、FOLCOM.からは小生とHディレクター、ADのKの3名が参入。
毎日ステージで行われるイベントは日替わり、しかも昼・夜でも変わる。
その担当者との打ち合わせだけで日々忙殺された。
卓球の中継と打ち合わせが重なるのでHディレクターが殆どの業務を
ひとりでこなしてくれた。
3月の終わり 「赤坂SACAS」オープン。
オープニングイベントはTBSの情報番組の
キャスト・スタッフによる生放送とステージのコラボ。
大雨と寒さの中、多数のお客さんが来場。
それ以後、毎日のステージの舞台監督として小生とHは
「コントロールタワー」なる建物の中で一日中を過ごした。
昼間はリハーサルと本番、夜はゲストアーティストの歌の本番…
それが終わるとあくる日のスタンバイの為、気温が低下した深夜
ベンチコートを羽織って客席のパイプ椅子を並べ直し掃除して終わる。
テレビの現場での小生を知っている方々は、夜中に椅子を並べ、
通路用の仕切りのレイアウトを並べ変えている姿を見て
「INUIさんが、そんな事しなくていいですから!」
と驚いて飛んで来る。
「いいんですよ。これが今の仕事ですから」
と答えて続ける。
すると他の仕事をやっていた美術さんが
「INUIさんが椅子並べてるぞ!手伝ってやれ!」
と集まってくる(笑)
かえって申し訳無い。
やった事の無い仕事…
初の経験をしているのに他の現場での偉い・偉くないは関係ない。
小生を指名してくれ、普段から御一緒している美術・技術の皆さんは
ここでも小生を助けてくれる(笑)
実際、様々なアーティストのステージに関わり、全く知らなかったノウハウ・
新しい仕事相手・クライアントを得られた事は大きい。
これ以後、会社の仕事として「イベント」の演出が加わったのだから。
赤坂駅前再開発イベント「赤坂SACAS」のオープニングイベントは
18日間で107万人のお客様に御来場頂き、大成功に終わった。
小生をこのイベントに呼んで下さったCプロデューサー、
美術・技術他様々なセクションの皆様に感謝いたします。
誰しも初めての仕事、経験の前に躊躇する。
小生もDOORS、卓球、イベント…
嘗て経験もした事が無い仕事を頂いた時、正直自信が無い。
でも、独立して会社を起こすと決めた以上「できない」は有り得ない。
「無理だ」とは絶対言わない。
やるんだ。
小生、FOLCOM.が関わる事によってそのコンテンツが良くなる方法を
全力で考えるのだ。
良くなる提案を受けようとしないで安穏とした奴らと仕事をしたくない。
成功させたいから一緒に苦しんでくれという人達と仕事をしたい…
精一杯お客さんを満足させたい…そう思ってFOLCOM.は出航したのだ。
そうでなければ…何の為にぬるま湯だった良い条件の場所を捨て
今の小さな貧乏会社を作ったんだ?
新しい事を…やった事のないモノを作る為じゃないか…
だから我々を信じて、支えてくれる人達がいる。
2008年4月
いよいよ「DOORS 2008」のスタンバイが始まった。
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