様々な準備に忙殺された1ヶ月間だった。

初めての仕事先であるテレビ東京のスポーツ局というものに

慣れる間も無かった。

テレビ東京の皆さんは世界卓球スタッフルームに近寄る事も無く…

荒くれ下請けチームFOLCOM.の戦場と化していた。

おそらく…近寄難い雰囲気を醸し出していたのだろう(笑)


小生もかなり鬼気迫るモノがあったと思う。


5月

いよいよ世界卓球2006ドイツ大会は始まった。

ゴールデンタイム初日の月曜…視聴率6%台でスタート。

編成担当からは心配と落胆が見えた。

小生は全く心配していなかった。

「頭はそんなもんだろう…」と思っていたからだ。

たった1ヶ月の宣伝でテレビ東京のゴールデンタイムブチ抜きの世界卓球が

世の中に浸透している訳が無い。

誰もやっている事さえ知らないと考える方が自然だ。

TBSの世界陸上でも1年前から告知を始めるのが普通だった。

言い方は悪いが…日本代表が良い試合で勝ち進み、

スポーツ新聞・他局のニュースでどんどん扱ってもらう…、

始まってからの他力本願的な告知がまず大会開催中だという告知だ。

勝負は水曜だと思っていた。


だから「水曜に10%を超えますよ。」と皆に宣言した。

火曜…日本代表は勝ったものの残念ながら見どころが無い試合だった。

業界的に言うと「ショート」だったのだ。2時間の放送枠なのに

試合は早めに終わってしまってスカスカだった。

この「ショート」した分の時間の構成を小生は選手紹介に全て充てた。

1人の紹介が6分を越えているVTRだ(笑)

1分、2分のVTRという具合にいくつかのバージョンを

用意しておくのはセオリーである。

6分を放送に出すのは絶対にあり得ない事だった。


しかし、小生は火曜までの放送を「宣伝」とハナから捉えている。

そう考えると実は…試合が早く終わった為に

ゴールデンタイムで選手を覚えてもらうための

紹介を十分にできる機会を与えられたという事になる。

紹介ばかりが長くて、なかなか試合が始まらないのだから

見ている方は「?」と思った事だろう。

格闘技ナレーター田子千尋氏のアオる声が流れる時間が長ければ

勝算アリと言ったはずである。


チームFOLCOM.の面々は不眠不休で働いた。

副社長Fは1週間で10歳は歳をくっていた(笑)

世界陸上のVTRスタッフの20分の1の人数でほぼ同数の

VTRを作っているのだから全く寝る時間は無いのだ。

小生もイス、テーブルの上で仮眠をとるのが精いっぱいだった。


果たして…ついに水曜日、10%を超えた(笑)

そして、金曜はピークで15%以上、平均で13%を超えた。

テレビ東京じゅうがひっくり返った(笑)


ちなみに小生が営業していたTBSの新番組の初回放送と重なり…

我々はTBSの倍の視聴率を獲って、勝った。


誰も近寄らなかったスタッフルームは知らない人達で溢れていた。


兵隊である我々の居場所は無くなっていた。


そりゃそうだ。


偉い人達や他部署の方々は我々の事なんか誰も知らないのだから。


後ろ向きだった人達がいつの間にか大成功を祝っている。


盛大な打ち上げの会の最中、我々は隅の方で小さくなっていた。


やはり…ここはアウェイだった。


たった1ヶ月でホームになる訳が無い。


小生を「世界卓球」に呼んだ編成 I さんが近寄って来て

「ちょっと外に出ましょう」と言った。


会場を出て2人きりになると I さんは


「協力しようともしなかった奴らが集まって…

 みんな自分の手柄のような顔をしてやがる。

 いい気なもんだ。」と怒っていた。


「いいじゃないですか(笑)テレビ東京の皆さんに

 卓球は数字が獲れるんだと分かってもらえただけで

 来年以後の態度が今年とは違います。」


「でもINUIさん、これはあなたの手柄だよ。」


「いえ…僕を呼んでくれた I さんの手柄ですよ。」


「いつもあんたはそういう言い方をするね(笑)」



「でも…僕は3年後に20%を獲るつもりですから、

 それまでは喜びませんよ」


「ははは、ウチでは無理ですよ(笑)」


「僕は本気ですよ。後ろ向きだったテレビ東京で…

 卓球という地味なソフトで他局全てに勝ちたいんです。

 トップに立った時、

 オレが卓球中継をビッグイベントにしたと威張りますから。」


はっきり言って気違いだ。


でも日本代表監督に視聴率を獲ると約束したから。


現在、民放のゴールデン放送で15%獲れば大合格番組である。

我々は、そこに届かなかったのだから成功では無い。

浮かれている場合では無いと思っていた。


そしてこの頃、「DOORS」が再び秋に放送される事が噂されていた。

確定では無いものの…嬉しかった。